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[寄稿]市民の危機感

12/2(月) 7:30配信

ハンギョレ新聞

 日本のメディアでも、香港の状況は連日報道されている。11月24日に行われた区議会選挙では民主派が圧勝した。これを契機に、一国二制度が確認され、香港市民の自由が持続するよう願うばかりである。

 香港市民を動かしたのは、中国共産党による一国二制度の破壊と独裁への危機感である。自由社会の崩壊に直面して体を張った戦いをしなければならない状況は、市民にとって決して幸福ではない。それにしても、自由を守るために立ち上がった市民の姿には感動を覚える。市民社会の強さという点では、韓国も誇るべきである。民主化の記憶はまだ残っており、大統領の腐敗や強権に対して、市民は街頭に出て抗議し、政治を転換した経験もある。政治学では、「人間は自由であろうとするときのみ、自由でありうる」という警句がある。この警句は欧米だけではなく、アジアでも実践されている。

 日本では、自由も民主主義も当たり前となり、人々を鼓舞する理念ではなくなった。戦後の日本で市民が街頭に出て政治を変えた例としては、1960年のいわゆる安保闘争がある。この時、安倍晋三現首相の祖父にあたる岸信介首相が日米安保条約の改定を提案し、衆議院で条約を強行採決したことに市民は怒り、史上最大のデモが連日続いた。条約は与党の賛成によって成立したが、岸は政治的混乱の責任を取って首相を辞めた。

 岸は、太平洋戦争開戦時の閣僚の一人であり、敗戦直後はA級戦犯容疑者として逮捕された経歴を持つ。その後政界に復帰し、首相の座に登りつめ、憲法改正を公言していた。当時、敗戦から15年しかたっておらず、多くの市民は戦争の悲惨さと戦後の解放を記憶していた。戦前日本の指導者だった岸の改憲路線に、市民は強い危機感を持ち、デモに加わったのである。60年安保の後も自民党政権は続いたものの、以後の自民党はその教訓を正しく理解し、憲法改正を事実上断念したうえで、経済発展と豊かさの追求によって国民を統合した。

 60年安保から来年で60年となる。岸の孫、安倍晋三は祖父の宿願を果たすべく、憲法改正を訴えている。そして、この11月で日本近代史上、内閣継続の最長記録を樹立した。(日本は任期限定の大統領制ではなく、衆議院選挙で勝利すれば何年でも政権を持続できる。)この間、特定秘密保護法や共謀罪など憲法上疑義のある法律が成立し、権力の集中に伴う腐敗やおごりが表れている。

 しかし、日本人は危機感を持っていない。安倍政権下での国政選挙の投票率は50%前後を続けている。今年7月の参議院選挙では24年ぶりに投票率が50%を割った。有権者の半数程度が棄権するということは、半分の国民は安倍政権に白紙委任を与えていることを意味する。安倍首相は選挙に強いと言われるが、無関心こそが安倍政権の長期継続をもたらしている。安倍政権が中国の習近平政権のような意味での独裁体制を作ることはあり得ないだろう。しかし、政治や社会の危機は、緩慢な速度で進行している。人口減少は続き、社会保障や財政の持続可能性はなくなりつつある。20年、30年後の日本人は原発事故などの負の遺産に押しつぶされるのかもしれない。

 目下、日本では安倍首相が主催した桜を見る会に、各界の功労者をねぎらうという表向きの説明とは別に、首相の支持者を集めて税金で接待したという疑惑が注目を集めている。何とも卑小なスキャンダルである。しかし、これを機会に、政治における公平、公正を取り戻すという関心が高まることを期待するしかない。

山口二郎・法政大学法学科教授(お問い合わせ japan@hani.co.kr )

最終更新:12/2(月) 7:30
ハンギョレ新聞

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