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「強いと言われるうちに辞めるのが花」 プロレスラー人生35年、獣神サンダー・ライガーさん【動画】

12/3(火) 10:30配信

中国新聞デジタル

 8日広島で地元最後のリング

 広島市中区出身のプロレスラー、獣神サンダー・ライガーさん(55)が、8日、広島市内で地元最後のリングに立つ。レスラー人生は覆面をかぶる前から通算35年。170センチの小さな体で戦う姿は少年たちに夢や希望を与えた。ファンからは「まだ戦える」と惜しまれるが、「強いと言われるうちに辞めるのが花」と引き際の美学を貫く。

【動画】35年のプロレスラー人生を振り返る獣神サンダー・ライガーさん

 赤や白のコスチュームで華麗に宙を舞い、鮮やかな技で勝負を決める。そのファイトに陰りは見えない。相手の挑発に闘志をむき出しにする姿は、今もファンを身震いさせる。だが実は、覆面の下では体の衰えと闘う、もう一人のライガーさんがいた。

 「レスラーとして、お客さんに笑われちゃ駄目。スピード落ちたね、よたついているじゃんとかね。『もういいじゃん』って言われる前が引き際」。50歳を過ぎた頃から、「引退」の2文字がよぎっていた。

 疲れが取れない、けがの治りも悪い。それは、ライガーさんが描いてきたプロレスラー像から離れつつあるサインだった。「怖そうで、あんなのに殴られたら一発で死んじゃうよっていうくらいの強さ」。かっこよさの理想を追うほど、現役続行の難しさが身に染みた。

 だが、3月の引退表明後は、そのファイトが力強さを増していく。後輩の鈴木みのる選手と壮絶なバトルを繰り広げ、鈴木選手から「レスラー人生、それでいいのか」とあおられるうち、闘志に再び火が付いた。

 今年10月の試合後、負けて横たわるライガーさんに、勝った鈴木選手がリングにひざまずき座礼した場面は話題を呼んだ。「ありがとうな」と答えたライガーさん。「闘う魂を忘れ、引退試合をけがなく迎えられればいいと思っていた俺を鈴木が挑発し、そうじゃねえだろうと気付かせてくれた」。その感謝だった。

 ライガーさんは1984年、新日本プロレスで本名の山田恵一としてデビューを果たした。中学に進む頃、雑誌の表紙に写った藤波辰爾選手の肉体にあこがれ、踏み出した一歩。高校まで広島で過ごした後、メキシコで武者修行し、自力で夢の扉を開いた。

 89年、永井豪さん原作の漫画「獣神ライガー」をモチーフに覆面をかぶった。体重100キロ未満のジュニアヘビー級で、11度も王座に輝く華々しい戦績を残した。だが誇らしげなそぶりはない。「王座11回というのは、それだけ負けて王座から落ち、また勝っただけ。本当に強いチャンピオンなら何年も保持しなきゃね」。自分への厳しさは、努力人としての歩みを象徴する。

 引退後も覆面を脱がないことは決めている。後輩の相談に乗り、育成に力を注ぎたい思いはあるが、何をするかは白紙だ。

 8日、広島市中区の広島グリーンアリーナで、地元最後の試合のゴングが鳴る。「古里の皆さんにもかっこいいライガーを生で見て、焼き付けてほしい」と最高のファイトを誓う。引退試合は来年1月、東京ドームである。背中を追い掛けてきた藤波選手とタッグマッチで挑む。

 <リング外のライガーさん>妻や会社員の長男(28)が暮らす福岡市内の自宅と東京都内の道場を行き来する。趣味は食虫植物の栽培や、ヒラマサやブリなどの大物釣り。粘土細工で怪獣フィギュアを作るのも好きという。

中国新聞社

最終更新:12/3(火) 12:05
中国新聞デジタル

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