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ニューヨークの摩天楼は、先住民がつくった マンハッタンの隠れた来歴をひもとくと、苦しみの歴史が見える

12/3(火) 11:38配信

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きらびやかな面ばかりが強調されがちなニューヨークは、人種民族マイノリティが多数を占める多文化共生都市でもある。この連載はニューヨークに長年暮らす筆者が毎回、異なるエスニック・コミュニティを訪れ、知られざる側面と、その魅力を伝える。今回は、今や消滅してしまった先住民族モホーク族のコミュニティ、ブルックリンのボーラムヒル。(堂本かおる)

エンパイア・ステート・ビル、クライスラー・ビルなどマンハッタンの摩天楼を成す名だたる高層ビルを建てたのは、カナダからやってきた先住民族モホーク族の男たちだった。

1626年、オランダ人入植者がネイティヴ・アメリカンからわずかな金額でマンハッタン島を買い取ったのは有名な史話だ。その先住民族は現在のブルックリンに住んでいたキャナルシー族ではないかと推測されているが、定かではない。いずれにせよブルックリンも含め、現在はニューヨーク市となっているエリアに暮らしていた先住民族は、いつの間にかこの地を出て行ってしまった。ただしキャナルシーの名は地名として残り、マンハッタンも先住民族由来の名前だ。

ところが20世紀になるとカナダ在住の先住民族モホーク族がリベット工としてニューヨークに来はじめ、1930年代には摩天楼の数々、1960年代にはリンカーン・センター、1970年代になるとワールド・トレードセンターのツインタワーなどを建てた。リベット工は高層ビルの鉄骨を組み立てる職人だ。地上何十メートルもの高所で幅の狭い鉄骨の上に立って働く、または座って昼食のサンドイッチを食べるリベット工たちの古い白黒写真は有名だが、彼らの多くが先住民だったのだ。

きっかけは1886年、カナダと米国の国境を流れるセントローレンス川の橋の建設。時のカナダ政府がモホーク族を建設作業員として雇用したのが始まりだった。高所での作業を果敢にこなしたモホーク族は、それを機に腕のいいリベット工となり、職人技は父から息子へと受け継がれ、やがて部族伝統の職業となった。彼らの度胸と職能がなければ、現在のマンハッタンのスカイラインはあり得なかったと言える。だが、その背後には長く、辛く、厳しい先住民の歴史が横たわっている。

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最終更新:12/3(火) 11:38
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