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都立校ながら2014年選抜出場 都立小山台の名将・福嶋正信監督が明かす「指導理論と1週間の取り組み」

2019/12/3(火) 12:05配信

高校野球ドットコム

  200以上の学校が加盟している東京都高野連。昨夏、そして今夏は都立小山台が準優勝を果たし、都立高の躍進は目覚ましい。その躍進の裏には都立高の指導者の絶え間ない努力があることを忘れてはならない。

【写真】校舎内には甲子園出場を記念した碑が置かれている

 今回は2月下旬、若手の指導者向けに行われた指導者講習会に講師として参加した都立小山台の福嶋正信監督の指導内容を具体的に迫り、都立高の指導者の底力や創意工夫ぶりを覚えていただきたい

高校野球研究会が福嶋監督の原点

 「2014年の21世紀枠として出場いたしましたが、高校野球研究会の代表として出場させていただき、戦いました」

 福嶋監督は2014年の選抜出場した時のことをそう振り返る。福嶋監督の言葉の中にあった「高校野球研究会」は都立高の底上げに欠かせないものだ。1978年、都立足立工の監督に就任して指導者人生をスタートさせた福嶋監督。まだ若く、理論もなく、ガムシャラにやるしかなかった。

 ただそんな現状を脱しようと福嶋監督は年上の監督と頭を下げて練習試合を組んでもらい、勉強を重ねた。その時、出会ったのが高校野球研究会である。都立大島などで監督を務めていた樋口秀司先生が発足した高校野球研究会に参加した。「高校野球研究会」は毎年、テーマを考案して勉強会をしたりするもので、

 福嶋監督にとっては大きな刺激だった。そこで常に学び、そして良いものはどんどん取り入れていくようになる。また、この研究会主催で、春季都大会に出られない学校のための大会も開催していた。

 今の東京都球児の方は知らないと思うが、昔は春の一次予選はなく、秋は都大会に出場できなければ、夏まで公式戦がなかった。大会が出られない都立高のためになんとかしたい。強豪校のように強くなるメソッド、ノウハウがないチームに還元して、一致団結して都立高を底上げしてきた過程を福嶋監督は常に見ているからこそ、「高校野球研究会の代表」として発したのだろう。

 福嶋監督が指導者として大きな実績を残すようになったのは2001年。都立江戸川の監督だった福嶋監督は野球ノートを取り組み始めた。きっかけは前任の都立葛飾野で能力が高い選手が揃っていても勝ちきれなかった反省から、ノートに取り組みを記したり、選手たちに内省を求めることで精神面を鍛えた。こうして夏の大会でベスト4入りを果たした。

 都立小山台に赴任した今では、「野球日誌」、「チームノート」、「技術ノート」の3種類のノートを使い、そしてミーティングも欠かさず行い、多くの選手の思考力、精神力を大きくレベルアップさせている。

 こうして都立小山台を都内屈指の強豪校として育て上げた福嶋監督。その練習内容・指導内容は綿密だ。練習内容・月間スケジュールは福嶋監督が組み、その予定は生徒にはLINE、そして保護者には代表者にメールで通達し、代表者はそれぞれの保護者に予定を共有している。1か月分の予定を把握することで自分が何をすべきかを理解できる。

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最終更新:2019/12/3(火) 12:05
高校野球ドットコム

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