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仲野太賀、“ゆとりモンスター”の怪演で話題に!街中で「ムカつく」と言われても…快感!

12/4(水) 7:01配信

テレ朝POST

2006年、13歳のときに芸能界入りし、映画『バッテリー』をはじめ、数多くのドラマ、映画、舞台に出演し若手実力派俳優として注目を集めている仲野太賀さん。デビューして以来、“太賀”の芸名で活動していたが、実はずっと名字が欲しかったのだとか。

かねてから演技力には定評があったが、ドラマ『ゆとりですがなにか』(日本テレビ系)の“ゆとりモンスター”役、『今日から俺は!!』(日本テレビ系)での好演で認知度もアップ。映画も昨年は5本、今年は4本公開されるなど引っ張りだこに。そして今年6月、俳優として生きていく決意の表れとして太賀から仲野太賀への改名を決断したという仲野太賀さんにインタビュー。

◆俳優になろうと思ったきっかけは…

-俳優になろうと考えたのはいつ頃からですか?-

「小学生のときだったと思います。家族でテレビドラマや映画を見るのが好きだったので、その影響もあって小学校5,6年生のときだったと思うんですよ。テレビで『WATER BOYS』(フジテレビ系)を見て山田孝之さんに憧れて。あの頃のドラマがすごく好きだったんですよね。それと同時で映画も自然に好きになりました」

-お父様(中野英雄)の影響は?-

「その当時はなかったと思います。でも、父が俳優なので、芸能界の方が近かったですね。父の周りにもそういう人たちが多かった。母が父のマネジャーをしていたので、中学1年の終わりか中2の初めぐらいに、母に相談して、オーディションを受けさせてもらってというのが始まりでした」

-初めての仕事は何だったのですか-

「一回目のオーディションで受かったのが、熊切和嘉監督の『フリージア』という映画、それが初めてのお芝居でした。セリフは一言でしたが、当時のことは今も鮮明に記憶に残っています。

3回目に受けたオーディションが『バッテリー』という映画で、それに受かって。主役の林遣都君が山田(孝之)さんが所属するスターダストプロモーションだったので、『入れてください』ってお願いをして、面接を受けて入れてもらいました」

-山田孝之さんに憧れて俳優にというお話はされたんですか?-

「そのとき、スターダストに好きな俳優さんがいっぱいいたんです。もちろん孝之さんもそうですし、竹内結子さんとか、あこがれている人がいっぱいいたので、この事務所がいいと思って。

今もそうですけど、新しい俳優に寛容というか、受け入れ態勢がすごくある事務所なので、『じゃあ試しにやってみれば?』という感じだったと思います」

-2008年には映画『那須少年記』に初主演されます。主演が決まったときはいかがでした?-

「10代のうちに自分の主演作というのは、素直にうれしかったです。毎日のようにひたすらオーディションを受けるなかで受かった作品に出してもらったという感じでしたけど、やっぱりやれるときにやっておきたかったという思いもあったので、これはチャンスだと思ってやりました」

-プレッシャーはなかったですか?-

「まだ中学生だったし、プレッシャーというよりかは、ワクワクの方が、喜びの方が大きかったかなという感じがします。主演作ができるのが自分の想定より早かったので、このタイミングで選んでもらえて本当にありがたいなぁと思いました」

-次の主演映画『壊れ始めてる、ヘイヘイヘイ』(2016年)まで8年、シリアスからコメディーまで実にさまざまな役を演じています-

「主演であれば何でもいいわけでもないですし。僕はその頃まだ中学生でしたから、とにかくいろんな現場に行っていろんな人と出会って…ということの方が重要だったので、あまり番手は気にしていなかったです」

※仲野太賀プロフィル
1993年2月7日生まれ。東京都出身。2006年、ドラマ『新宿の母物語』(フジテレビ系)でデビュー。映画『バッテリー』、映画『桐島、部活やめるってよ』、映画『淵に立つ』、ドラマ『ゆとりですがなにか』、『1942年のプレイボール』(NHK)、『今日から俺は!!』、『いだてん』(NHK)、舞台『シダの群れ 純情巡礼編』など、映画、ドラマ、舞台、CMに多数出演。

2020年も2月7日(金)に公開される主演映画『静かな雨』(元乃木坂46の衛藤美彩さんとW主演)をはじめ、多くの映画、ドラマが控え、若手実力派俳優として確固たるポジションを確立している。

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最終更新:12/6(金) 16:56
テレ朝POST

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