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58年の歴史。今こそ啜るべき原点回帰の豚骨。「宝来軒 豊前店」豚骨戦士 福岡のラーメンを斬る! VOL.47~ふるさとWish 豊前市~

2019/12/4(水) 11:45配信

九州朝日放送

「宝来軒」は大分、福岡の豚骨創世記の味わい

継ぎ手のいない名店がまたひとつ、長い歴史に幕を下ろしてしまうかもしれない。今週のふるさとWishの舞台、福岡県豊前市にある「宝来軒 豊前店」(1961年創業)。宝来軒は大分県中津で1958年から始まり、多くの暖簾分け店、弟子を輩出している名店中の名店。豊前店は中津宝来軒創業者の弟が開き、現在はその息子(宝来軒創業者の甥)である山平務さん(1951年生まれ)が暖簾を守っている。最近、山平さんは腰を痛めてしまった。「長くやってきたから、そろそろかな」と、おっしゃっているが、元気になって末永く頑張って欲しい。そんな願いを込めて書きたい。

まずは宝来軒本店について。大分県初のラーメン店とされる「来々軒」(1954年創業)は久留米が源流。それに次ぐ歴史を誇る「中津宝来軒本店」(1958年創業)は福岡のラーメンに端をなす。昭和20年代、「赤のれん」とともに博多ラーメンの礎を作った「博龍軒」が中津宝来軒のルーツである。中津宝来軒は中津駅に近かったこともあり、1958年の開業間もなく超人気店に。そして1961年、中津宝来軒創業者の弟が中津にも近い福岡県豊前市に支店を出した。

「豊前店の初代は私の父。突然、ラーメン屋になると仕事を辞め、当時住んでいた福岡から豊前市に家族で引っ越してきました。伯父が始めた中津宝来軒の名はすでに知れ渡っていましたから豊前もすぐに繁盛店になりましたね。私はまだ小学生。学校の友達から“美味しいラーメンいつでも食べられていいね”と羨ましがられたりもしましたが、実際は店が忙しすぎてあまりありつけなかった。学校帰りにたまに食べさせてもらった父のラーメン。60年近く前の話ですが、あの旨さが忘れられません」山平さんは目を細める。

山平さんの父は、息子にラーメン店を継がせる気はなかったという。山平さんは大学へ進み、就職が内定したちょうどその時のこと。

「父が仕込み中に倒れてしまったんです。私がラーメン店を継ぐことは反対していましたし、大学まで行かしてもらったという感謝も、もちろんありました。しかも就職も決まってというタイミング。それでも、当時24歳の自分を突き動かしたもの。それは“父ちゃんに無理をさせたくない”その思いだけです」。

山平さんは病床の父を説得しラーメンの道へ。「父は倒れてから1年後に他界。少し元気になった父と一緒に厨房に入った数ヶ月がありました。宝物のような思い出です」。24歳で父から継承し、現在68歳になる。

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最終更新:2019/12/5(木) 16:30
九州朝日放送

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