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20代は「自分のために」人の倍働くハードモード。30代は「人を幸せにするために」が働く理由

2019/12/5(木) 7:06配信

Web担当者Forum

IT革命がうたわれた2000年に中学時代を過ごし、それからの20年をエンジニアリング、マーケティングに関わりながら過ごしたという、株式会社テレビ東京コミュニケーションズ 明坂真太郎さん。開発会社、SEO会社、求人メディアを経て、現在はいまだ絶大な影響力を誇るテレビ業界で働く。

本連載に登場する中では比較的若い世代だが、その圧倒的な経験値と物事を客観的に評価する姿勢には驚かされる。そんな明坂さんが、現職のテレビ局に入った背景には、自分の原体験が影響していた。明坂(あけさか)さんのキャリア変遷、仕事感についてうかがった。

Webが一般に普及してすでに20年以上が経つが、未だにWeb業界のキャリアモデル、組織的な人材育成方式は確立していない。組織の枠を越えてロールモデルを発見し、人材育成の方式を学べたら、という思いから本連載の企画がスタートした。連載では、Web業界で働くさまざまな人にスポットをあて、そのキャリアや組織の人材育成について話を聞いていく。

 

アバター課金という「錬金術」に気づいた高校時代

林: インターネットに触れたきっかけから、お話をうかがえますか。

明坂: 小学5年生のときにWindows95が発売されて、母親がパソコンを買い、インターネットに接続したのを見たのが最初です。主体的に使い始めたのは、中学生になってドリームキャストでインターネットに接続してからですね。テレホーダイの時間に接続して、大学生など自分よりも年上の人たちとチャットするのがおもしろくて夢中になりました。その頃、2ちゃんねるも始まって、インターネットのおもしろさと同時に怖さも知ることになりました。

中学2年からVisual Basicを始めて、プログラミングの初歩を学び、将来はプログラマーになりたいと思っていました。
森田: その時のプログラマーのイメージはどういうものでしたか。

明坂: システムを作る仕事ですね。小学生の頃から、戦略ゲームが得意だったのですが、アルゴリズム、ロジックなどを考えるのが好きだったんです。

本格的にプログラミングに取り組んだのは、コンピューターの専攻がある高等専門学校に入ってからです。そこでは、C言語、Javaなどを勉強しました。PHPなどのWeb系はやっていなかったので、そこを主戦場にしようと思ってはいませんでした。ですが、ハンゲームのコミュニティサイトを見て、Webの可能性を感じました。

きっかけは友達がアバターに月に5千円くらい課金していたことです。現実にあるモノではなく、イラストレーターが描いたデータに対してお金を払うのを見て、錬金術だと思いました。データでも付加価値をのせることで、人がお金を払うんだなと。

林: すごいっ。高校生時点ですでにメタ視点を備えていたんですね。

明坂: 人の行動の理由を考えるのが好きなんです。アバターの服1枚がビジネスになってお金を生むことに興味がありました。

森田: 僕はハンゲームで何の疑問も持たずにアバターを買っていましたね(笑)。高専卒業後は就職したのですか。

明坂: 卒業後は大学か、専門学校に進学するという選択肢がありましたが、社会人や大学生の知り合いから「実務経験を積むほうがいい」と言われたこともあって、専門学校に2年行き、早く就職する道を選びました。卒業後は、社員数40人ほどの開発会社にプログラマーとして入社しました。小さい会社なので、新卒1年目でテスター、プログラム開発、テスト仕様書作成、内部設計、外部設計など一通り担当しました。いろいろな案件に関わりました。

2年目で主任になって最終的に十数人のプロジェクトのリーダーになり、リクルートの情報メディアのWebサイトや、クレジットカード会員向けの明細を表示するWebサービスのリプレイスを担当しました。

 

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最終更新:2019/12/5(木) 16:31
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