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[ウインターカップ特集]東海大付属福岡の宮崎優介監督「ごまかすことなく戦う」

2019/12/5(木) 12:00配信

バスケット・カウント

「埃だらけの体育館、雑巾掛けからのスタート」

取材・写真=古後登志夫 構成=鈴木健一郎

「東海大」と言えば陸川章コーチ率いる関東大学バスケの強豪チーム。今回、福岡県の女子2位としてウインターカップに出場する東海大学付属福岡は、その14ある付属高校の一つ。精華女子が頭一つ抜けるが他にも強豪がひしめく福岡を勝ち抜いた。チームを率いるのは宮崎優介監督。「新人戦から負け続けたチームですが、何度も立ち上がることができたのは夢があったからです」と語る若きコーチに、初の全国大会に挑む意気込みを聞いた。



──まずは宮崎先生の自己紹介からお願いします。

小学校4年の時に地元の津屋崎小でバスケを始め、津屋崎中、九産大九州高校に進みました。その後は専門学校に2年間行ったのですが、教職をどうしても取りたくて九州産業大に入り、社会科の教員免許を取りました。ただ、プレーヤーとしてやっていたのは高校まで。九産大九州高校では阿部友和(富山グラウジーズ)先輩の2つ下でした。

私たちの代は県ベスト8で終わってしまい、自分の中でやり残したこともたくさんありました。プレーヤーとしてもあったんですが、指導の道に進むことにしました。それで専門学校に通いながら地元の中学校に外部コーチとして5年間携わり、それで東海でお世話になることになって今が8年目になります。

前監督の飯田良輔先生が熊本に移動された後は休部状態だった女子バスケット部を復活させたい思いを校長先生から聞かせていただきました。初年度は部員2人に、私と一緒に入ってきた子が2人の4人しかおらず、どうにか5人揃えて地区大会1回戦負けからのスタートです。最初はこの体育館をどこのクラブも使っていない状態で、埃だらけの体育館で2人だけがシュートを打っていました。だから雑巾掛けからのスタートでしたね。

2年目からこの宗像の地元の子が中心に集まってくれて、12名の小さなクラブとしてやってきました。そこから5年後に広島インターハイに行き、そして愛知インターハイに行くことができました。飯田先生の頃にもインターハイには出場していますし、伝統あるチームなんですけど、飯田先生からは「俺は離れたんだから、ゼロから好きなようにチームを作りなさい」と言っていただいたことが後押しになりました。

──ここに来たのは24歳の時で実績もありませんでした。何か心掛けたことはありますか? 

当時は選手との年齢も近かったので、一匹オオカミでやってもダメ、背中で感じてもらおうと思いました。子供だけでなく保護者も輪になって、一丸となったところから結果に繋がっていったんだと思います。

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最終更新:2019/12/5(木) 12:00
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