ここから本文です

中村哲医師、銃撃されたアフガニスタンで願っていたこと。遺した言葉から生涯を振り返る

2019/12/5(木) 15:03配信

ハフポスト日本版

長年にわたりアフガニスタンで医療や灌漑(かんがい)整備などを支援していた「ペシャワール会」現地代表で医師の中村哲さんが12月4日、アフガニスタンで車で移動中に銃撃された。中村さんと、アフガン人運転手や護衛ら計6人が死亡した。

地元の人が何を求めているのか、そのためにできることを、現地に根を下ろして理解し、現地の人の目線で支援を続けてきた。現地の人々から受け入れられ、その信頼に守られながらの活動だった。

■医師がなぜ井戸を

中村さんの合言葉は『100の診療所より1本の用水路』だった。

活動のそもそものきっかけは、1978年、医師として同行したネパールへの山岳会の遠征隊。虫好きだった中村さんが蝶に惹かれて参加したのだった。ところが、医師がいると知った現地の人が中村さんを頼りにした。蝶が誘った縁だった。中村さんは1983年にペシャワール会を設立。パキスタンやアフガニスタンで無償で医療援助を始めた。ところが、2000年に活動の転換を迫られる。この地域を襲った大かんばつを目の当たりにし、「まずは食べられるようにすること」の必要性を感じた。中村さんは医師として治療に関わるかたわら、命をつなぐ「水」を確保しようと取り組み始めた。

そこで参考にしたのは、資金も道具も限られていた江戸時代の治水技術。自ら工具を握って土を堀り、農地を作った。伝統的な工法は、現地の人が自力で管理できる利点もあった。

中村さんは生前、朝日新聞のインタビューに次のように答えている。「道路も通信網も、学校も女性の権利拡大も、大切な支援でしょう。でもその前に、まずは食うことです。彼らの唯一にして最大の望みは『故郷で家族と毎日3度のメシを食べる』です。国民の8割が農民です。農業が復活すれば外国軍や武装勢力に兵士として雇われる必要もなく、平和が戻る。『衣食足りて礼節を知る』です」水がもたらす豊かさが人々の平穏を導き、ひいては大きな意味の平和に繋がると説いた。

1/2ページ

最終更新:2019/12/5(木) 15:03
ハフポスト日本版

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事