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[ウインターカップ特集]薫英の安藤香織監督(前編) 「公立で薫英を倒す!」

2019/12/6(金) 12:05配信

バスケット・カウント

「24年前に薫英を倒したのが私たちでした」

取材・写真=古後登志夫 構成=鈴木健一郎

大阪薫英女学院は、インターハイは24年連続の51回出場、ウインターカップは32回目出場を誇る関西の名門校だ。それでも、チームを率いる安藤香織監督は公立高校の出身。自身が高校生だった頃、そして公立校を率いる指導者として「打倒、薫英」を掲げた安藤が、名将である長渡俊一の後を継ぐことになった。公立校出身だからこそ、名門校の強みも弱みも分かる。「限りなく日本一を目指す」と「絶対に日本一にならないといけないわけじゃない気もします」、その2つを両立させる安藤に、指導者としての考え方、ウインターカップへの意気込みを聞いた。



──まずは安藤監督の自己紹介からお願いします。

大阪の歌島中学校で1年の時にバスケットを始め、大塚高校、天理大と進みました。卒業後は兵庫県立芦屋南高校に2年間、そこで男女のバスケットのコーチをさせてもらい、次に同志社国際中学・高校で中学生を2年教えて、豊島高校の講師として大阪に戻りました。最初の2年はアシスタントで、専任として勤務して7年。薫英に来て今年が5年目になります。

もともとはバスケットではなく剣道をやっていました。中学も剣道部に入ったんですけど、バスケ部の先生に誘われて、断りきれずに夏休みにバスケ部に入ったのがスタートでした。親は剣道をやらせたかったので、辞めたことがショックだったようです。中学は全員がミニバス経験者なしの1年生チームだったのですが、有名な先生だったのでどんどん強くなって、最後は大阪府で優勝しました。

さあ高校をどうするかと考えた時に、警察官じゃなかったら教師になってほしい、という親の思いがあり、できたばかりの体育科の2期生として大塚高校に入りました。自分たちの代は全国大会に行きたいと目標を掲げて、いろんなことを変えて、当時ですから朝の5時には電車に乗り、帰るのは毎晩24時すぎという感じでバスケに打ち込みました。結果的にインターハイに行って、その時に倒したのが薫英です。薫英はインターハイに24年連続出場していますが、24年前に薫英を倒したのが私たちでした。

──公立高校でインターハイ出場はすごいですね。現役時代はどんなプレーヤーでしたか。

もともと剣道をやっていたので駆け引きは得意でした。剣道に比べたらバスケットは運動量が必要でしんどいし、身体も小さかったのですが、負けたくないから頭を使って駆け引きで勝負するタイプですね。薫英に勝った時は、高校生ながら奇跡が起きたと思いました。これだけ朝早くからやったら奇跡は起きるんだ、って。

──指導者としてのスタートは兵庫で、そこから京都に行き、豊島を経て薫英なんですね。

親の願いもあるし、教育実習も楽しかったので教師になりました。最初は大阪しか考えていなかったのですが、兵庫から依頼が来たので、これも縁かと決めました。1回戦負けのチームが県大会に行くぐらいまででしたけど、生徒がかわいくてすごく楽しくて、学校もすごく良いところで離れたくありませんでした。京都の中学では1回も勝ったことのないチームが京都の私学大会で3位になって、ここも楽しかったんですけど、縁があって大阪に戻ることになりました。

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最終更新:2019/12/6(金) 12:05
バスケット・カウント

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