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社説[中村哲さん銃撃死]現場で貫いた平和貢献

2019/12/6(金) 9:31配信

沖縄タイムス

 アフガニスタンで長年、人道支援に取り組んできたNGO「ペシャワール会」現地代表で医師の中村哲さん(73)が銃撃され死亡した。

 危険と隣り合わせの地で、医療分野にとどまらず、現地の人が生きるために必要な水源確保やかんがい事業を手掛けるなど、多大な足跡を残した。こうした形で命が奪われたことは本当に残念である。心から哀悼の意を表したい。

 中村さんは1984年、パキスタン北西部のペシャワルに赴き、ハンセン病の治療に当たった。同時にアフガン難民の診療の必要性を知り、アフガン国内に活動拠点を移していった。

 2000年にアフガンを襲った大干ばつをきっかけに、飲料水確保のための井戸を掘る活動を始めた。「飢えや渇きは薬では治せない」として、人々が食糧を確保するため用水路の建設も手掛けた。

 常に弱者に寄り添い、人々の暮らしを見つめ、その土地にあった支援とは何かを問い続けた。

 用水路の建設では、住民が管理・維持できるよう地元の石工技術、素材を活用した。一過性ではない、人々の「生きる」を支えることに徹したのだ。

 現場主義を貫いた中村さんが、日本の国際貢献の在り方に疑問を投げ掛ける場面もあった。

 新テロ特措法改正を巡る国会の参考人招致では、日本政府のアフガンへの自衛隊派遣の検討を批判。「治安が悪化する」「軍事活動では何も解決しない」などと武力によらない平和を訴えた。

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 ペシャワール会は02年、沖縄県が創設した第1回「沖縄平和賞」を受賞した。平和と人間の安全保障に貢献し、命の救済と基本的権利の確保のために尽くすことにより、普遍的な平和への意識を喚起することに成功した-として活動が評価された。

 中村さんは受賞あいさつで「平和を唱えることさえ暴力的制裁を受けるという厳しい現地の状況の中で、その奪われた平和の声を、基地の島沖縄の人々が代弁するのは現地にいる日本人としては非常に名誉」と述べている。

 空爆などで幼い命が失われていくアフガンの状況と、米軍基地を背負う沖縄の不条理さを重ねた言葉である。

 アフガン政府から18年に同国の保健や農業分野で貢献したとして勲章を授与され、ことし10月には名誉市民権を与えられたばかりだった。

 中村さんの支援の功績が認められた結果である。

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 アフガニスタンでは01年の米同時多発テロ発生後、米軍などによる攻撃でタリバン政権が崩壊したが、反政府武装勢力の攻撃など混迷は続いている。和平実現には程遠い現状にある。

 そんな危険な状況の中でも支援の現場に立ち続けたのは、「平和の達成には軍事力ではなく、地域に溶け込んだ国際貢献だ」という強い信念からだ。

 非暴力を貫き、常に弱い者の側に立ち、真の平和貢献を体現した中村さんの遺志を引き継ぐことが私たちの役割である。

最終更新:2019/12/6(金) 9:31
沖縄タイムス

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