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【ビートルがベース】知ってる? WDデンゼル1300 ポルシェ356のライバル 前編

2019/12/7(土) 7:50配信

AUTOCAR JAPAN

フォルクスワーゲン・ビートルがベース

text:Greg Macleman(グレッグ・マクレマン)
photo: Olgun Kordal(オルガン・コーダル)/Adelino Dinis(アデリノ・ディニス)
translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)
 
ポルシェほど、そのブランドの歴史やイメージ形成で南カリフォルニアと密接に結びついている自動車メーカーはないだろう。濃いめのレイバンにタバコ、Tシャツといった陽気な画を思い起こさせる。

【写真】WDデンゼル1300 (20枚)

鮮やかな黄色い光が降り注ぐサーキットに、青いジーンズを履いたジェームズ・ディーン。ポルシェ356スピードスターは1950年代の金と名声を掛けて、カリフォルニアのサンタ・バーバラからヨーロッパのストリートレースまで各地で活躍。今ではカリスマ的なアイコンにすらなっている。

そんな356だが、戦時中に疎開していたフェルディナント・エルンスト・ポルシェは、オーストリアのグミュントで設計を進めた。それと同時期のオーストリアには、独自の自動車設計に取り組むヴォルフガング・デンゼルという人物がいた。

ポルシェは、フォルクスワーゲン・ビートルと軍事用のキューベル・ワーゲン・シリーズで開戦前から実力を発揮していた。一方でデンゼルもポルシェのように、生まれながらの才能を持った優れたエンジニアだったのだ。

デンゼルはフォルクスワーゲン・ビートルのシャシーと1100ccのフラット4エンジンなどを利用して、プロトタイプを制作する。ボディは独自のデザインで、ラミネート加工された木材とテキスタイルを用いた軽量なものだった。

ポルシェ356スピードスターのライバル

1949年、デンゼルのプロトタイプは、ポルシェ356スパイダーとオーストリア・アルプスラリーで対決する。オーストリアのカチュベルクの周辺、総長1280kmを走った。ペチェン峠を超え、ポルシェの工場を囲む山々の道で競い合った。

ポルシェ356のプロトタイプでもある、今でも残る唯一のタイプ64はプライベート・レーサーのオットー・マテがドライブ。デンゼルは自身のドライブで、自ら完成させたプロトタイプを走らせた。

未来的な流線型をまとう356スパイダーはリタイアするものの、デンゼルのプロトタイプはクラッシュすることもなく、1100ccクラスで優勝する。軽量なロードスターは、クラス内での走行タイムだけでなく、ラリーステージ間でのスピードでも速さを示し、その可能性の高さを見せつけた。

仕上りに納得したデンゼルは、プロトタイプをロードーカーとして生産し始める。初期のデンゼルはビートルのシャシーを利用し、ボディはプラスティック製だった。1950年になるとスチール製になり、1952年にはWDデンゼル1300スポーツがラインナップに加わる。

WDデンゼル1300スポーツは、特性のボックスセクション・シャシーの上にアルミニウム製のボディが被されていた。フォルクスワーゲンからの部品調達が難しくなったことが理由だった。パワーもぐっと高まり、車重は650kgに収まっている。

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最終更新:2019/12/7(土) 10:27
AUTOCAR JAPAN

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