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少年は戦争中、3カ国に家族を殺された。88歳になった今、伝えたいこと

2019/12/8(日) 11:34配信

BuzzFeed Japan

78年前の12月8日、太平洋戦争が始まった。

日本がはじめた戦争には、フィリピンやパラオ、ミャンマーなどに暮らす人たちも、巻き込まれていった。

人生を大きく変えられた人も少なくはない。戦中に家族5人を、日本軍、米軍、そしてフィリピンゲリラにより殺された、日系人の男性はいう。

「真珠湾攻撃から始まって、僕たちの生活も、戦争のせいで粉々になってしまった」

男性がBuzzFeed Newsに語った、戦争の記憶とは。【 BuzzFeed Japan / 冨田すみれ子】

戦前、フィリピンで栄えた日系人社会

日系2世の寺岡カルロスさん(88)は、1930年、フィリピンのルソン島北部にあるバギオ市で、日本人の父・寺岡宗雄さんとフィリピン人の母・アントニーナさんの間に生まれた。

父・宗雄さんは山口県大島郡の出身。二十歳にも満たない若者だった1916年、フィリピンへ渡っている。

日本は戦前、経済的にも貧しく、ブラジルやハワイ、そしてフィリピンなど各国に出稼ぎ労働者となるべく、移住した。

現地人と結婚し家族を作った人も多かった。フィリピンでの最盛期の日系人コミュニティは3万人にものぼったという。寺岡家もそのうちの一つだった。

宗雄さんは建築業で成功し、アントニーナさんとの間に6人の子をもうけたが、41歳の時に結核で死亡した。

その死と入れ替わるかのように、バギオにも戦争の足音が近づいてきた。4カ月後、太平洋戦争が始まったのだ。

日本軍はアメリカ、ハワイ海軍の真珠湾基地を攻撃した数時間後、フィリピンでもミンダナオ島のダバオや、北部ルソンのバギオ、クラークなどを空襲。

翌1942年1月から軍政を開始し、45年8月の終戦まで、3年半以上にわたりフィリピンを占領した。

憧れだった特攻隊、「洗脳されていました」

寺岡さんには2人の兄がいた。日系人コミュニティの影響も強く「自分は日本人」という思いから、日本軍に協力していたという。

バギオで日本人学校に通っていた寺岡さんは、学校で習ったことや、映画の影響で、特攻隊や兵隊に「憧れていた」と語る。

「小学校で洗脳されていましたから。映画を見ても、予科練の7つボタン、青空へ旅立つ飛行機など、いいことばかり見せますから、それはかっこよかった。クラスの人も皆志願をしようと思っていました」

ルソン島のパンパンガ州クラークには、旧日本軍のマバラカット飛行場があり、神風特攻隊がそこから出陣していた。今でも、慰霊碑が建っている。

「予科練の飛行士になるのに私も憧れました。私も志願をしようと思ったんですけど、13歳だからダメだった。受かっていたら私はおりませんね」

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最終更新:2019/12/8(日) 11:53
BuzzFeed Japan

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