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映画『ジョーカー』と渋谷ハロウィン騒動から見る、中途半端な「東京のこれから」

2019/12/8(日) 19:30配信

アーバン ライフ メトロ

東京の都市暴動とハロウィンの相関性

 不幸な生い立ちを持つ主人公が、いかにして悪のカリスマになっていくのか――アメコミ界でもっとも有名な悪役の誕生を描いた映画『ジョーカー』は、2019年最大のヒット洋画になりそうです。

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「ゴッサム・シティ」という都市の街路や路地といったストリート、バスや電車などの公共交通がさまざまな事件の舞台となって、ストーリーは展開していきます。なお、「ゴッサム・シティ」はニューヨークがモデルで、かつロケ地のひとつとされています。

 ストーリーのなかで、ピエロの仮面をつけた人びとがさまざまな交通手段を使って都心部に集まってくるシーンがあります。これはどこかで見たような光景ではないでしょうか? そう、渋谷駅前のスクランブル交差点で毎年行われるハロウィンの仮装です。

 映画『ジョーカー』は、階級闘争(支配階級と被支配階級との闘争)と都市暴動の話でもあります。もちろん「アメリカで作られたフィクションでしょ」というシニカルな人もいるでしょう。

 たしかに、ゴッサム・シティという架空の都市と東京の渋谷という実際の都市を並べるのは無理があります。ただ、東京やその近辺でそうした都市暴動がなかったわけではありません。

 戦前であれば1905(明治38)年の日比谷焼き打ち事件、戦後であれば1973(昭和48)年の首都圏国電暴動が有名です。それらと比較すると、スクランブル交差点の群衆行動には政治的なメッセージが不在です。むしろ「ただの娯楽活動」といったほうがいいでしょう。仮装をした匿名的な群衆が騒乱をおこす――そんな共通性があったとしても、映画『ジョーカー』からみると、渋谷スクランブル交差点の群衆行動は、「ぬるい」とも「おだやか」ともいえそうです。

「お行儀よくいるべき場所」での大騒ぎ

 もちろん「あんな迷惑行為をそんな風にいうのはけしからん」と憤る人も多いでしょう。実際、地元の商店や自治体・警察は少なからぬ負担や被害、損失を毎年被っています。興味のない通行人にとってもかなりの迷惑です。

 渋谷のハロウィンを報道するネット記事にも苦言、憤怒、冷笑のコメントがあふれています。そもそも、そのような大騒ぎをしたいのであれば、どこか広場・公園、会場などを借りてやればいいはずです。そうすれば白い目で見られることもないでしょう。

 しかし、人が目的をもって集まるための場所ではなく、「人を効率的に流すため」のスクランブル交差点やその付近が目的地となっており、あえてそこで大騒ぎすることを楽しんでいるのが実情です。いつもお行儀よく通行すべき交通の場で大騒ぎすることのスリルに意味があるようなのです。

 この大騒ぎが興味深く、また厄介なのは、きちんとした「イベント」とはいいがたい点です。とりわけ責任を持つ主催者がおらず、その開始や終了も曖昧なところに特徴があります。

 ハロウィンの前後にだらだらとはじまり、だらだらと終ります。10月31日が平日の場合、その日に近い週末がメインになりやすいという傾向もあります。なかには「影の仕掛け人がいるはずだ」と主張する人もいますが、そうであれば、自治体や警察はそれらの主催者的な立場の人にアプローチして、コントロールすればいいはずです。

 しかし、自治体や警察が毎年繰り返しているのは、誰ともしれぬ匿名的な人びとへの「呼びかけ」です。いわく「イベントはありません」「立ち止まらないでください」など。つまり、スクランブル交差点の群衆行動は、主催者も、参加者も、開始・終了も、会場の範囲も曖昧なまま、繰り返されているのです。

 だからこそ、コスプレのイベントや舞台というより、なかば自然発生的な群衆行動としかいいようがありません。なんだかわらわら集まってきてしまうのですから、取り締まる側も大変です。『ジョーカー』で描かれたような、かつての都市暴動レベルまで至っていないのですから、むしろ「よくやっている」というべきかもしれません。

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最終更新:2019/12/8(日) 19:30
アーバン ライフ メトロ

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