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空手発祥の地 「五輪で盛り上げる」 男子形の五輪代表ら 首里城再建に意気込み

2019/12/8(日) 9:25配信

沖縄タイムス

 2020年の東京五輪・パラリンピックに初採用される空手は、琉球王国の士族が学んだ護身術がルーツだ。首里城は「発祥の地」のシンボルとされ、10月末の火災は空手関係者にも大きな衝撃を与えた。五輪で金メダルが期待される県出身の男子形代表、喜友名諒選手(29)も悲しみを胸に「五輪では最高の演武で勝負し、沖縄を盛り上げたい」と意気込む。

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 「海も空も首里城も、いつでもあると思っていたのに」。青空に映える鮮やかな朱色の姿が跡形もなくなり、近くの空手道場、小林流守武館(しゅうぶかん)館長の上間康弘さん(74)は落ち込んだ表情を見せた。1989年、首里城正殿の復元に使う材木を運ぶ際に実施された行事「木曳式(こびきしき)」に、護衛役として参加した経験がある。

 火災直後、守武館は「(首里城のために)何かしたい」と周辺の道場に呼び掛け。今年11月3日、首里城を望む公園に6道場の約70人が集い、空手の演武を披露した。上間さんは「首里城は、歴史的に試練を受けることが多い沖縄県民の心のよりどころだった。演武は再建に向けて『くじけないぞ』という気持ちが込められている」と語る。

 空手は、琉球王国時代に「手(てぃー)」と呼ばれていた武術が中国武術と融合し、現在につながる基本が生まれたとされる。明治時代の「琉球処分」によって日本に併合された後、学校教育に取り入れられて、広く普及したという。

 全日本空手道連盟によると、空手愛好家は190以上の国・地域の計約1億3千万人に上る。日本の愛好者は約35万人で、うち競技者登録をしているのは約8万5千人。沖縄県の16年度の調査では、県内に386の道場があり、少なくとも6千人の愛好家がいる。

 多くの空手愛好家と同様に、喜友名選手にとっても、首里城は思い出深い場所だ。大学時代は毎日、首里城の近くで練習していたといい「とても驚き、現実として受け止められず、寂しく思った。早く立て直してほしい」と願っている。)取材に応じる空手道場、小林流守武館館長の上間康弘さん=11月、那覇市

最終更新:2019/12/8(日) 9:25
沖縄タイムス

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