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山崎まさよし「僕も他人の成功は面白くない。でも、“醜い自分”への葛藤が人間には必要だ」

2019/12/9(月) 14:00配信

新R25

「スマホが登場して、醜い部分を簡単に人前に出せるようになった」

サノ:
でも、最近はSNSによって、今までは隠してた醜い部分を人前に出せちゃう時代になったと思うんです。

職場や学校、家庭での不満、仕事仲間、友達、芸能人の悪口…過激な投稿が多いなと。

山崎さん:
まあ、便所の落書きみたいな感じだよね。

匿名だから、普段押し殺してる感情を堂々とぶつけられる。今は家にいながら、便所の落書きができるようになった。

僕は、スマホの出現によって一番変わったのって、「これはやっていいことなのか」を考えるワンステップがなくなってしまったことだと思うんですよね。

サノ:
うわ、それわかるかも…!

山崎さん:
スマホの価値って、「手元で何でもできること」じゃないですか。

その便利さが、「行動すること」のハードルを下げすぎてると思うんです。

たとえば、「撮影」もそう。

街を歩いてると何の断りもなく写真撮られることがあるけど、昔は、誰もがカメラを持ち歩いてるわけじゃなかったから、「撮影」自体が当たり前じゃなくて、撮りたい人はきちんと声をかけてお願いしてた。

サノ:
想像できる気がします。

山崎さん:
でも今ってみんな、ほとんど反射的に撮影してるんです。

いまや人間は、「手の平をかざせば撮影できる生き物」なんですよ。もう、ほぼアイアンマンなんです。

スマホはもはや、肉体の一部なんです。スマホの機能は、イコール自分の身体機能みたいなもんなんですよ。

それくらい、スマホはいろんな「行為」のハードルを下げて、その行為の善し悪しを考えるステップをなくしてしまった。

サノ:
納得感がハンパない…

山崎さん:
SNSの投稿も同じ。

人気のない真夜中の便所じゃなきゃ吐き出せなかったような感情を、家のなかで発散できてしまう。

「自己表現」が簡単になりすぎた結果、今アウトプットしようとしている感情が「醜さ」や「悪意」だと自覚するステップがなくなってしまったのだと思います。

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最終更新:2019/12/9(月) 14:00
新R25

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