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マリノス超攻撃サッカー支えたGK朴一圭、地域Lから駆け上った愚直な努力と生き様

2019/12/12(木) 18:01配信

REAL SPORTS

15年ぶりのJ1リーグ制覇を成し遂げた横浜F・マリノス。その超攻撃サッカーを最後尾から支えた男は、ほんの1年前までJ3のピッチで戦い、一時は地域リーグにもその身を投じていた。朴一圭(パクイルギュ)は、いかにして夢の舞台へと駆け上がってきたのか。その背景には、決して満足することなく愚直なまでに努力を続ける生き様にあった――。

(文=藤江直人、写真=Getty Images)

自分を見いだしてくれたマリノスへの感謝の想い

自分を見つめてくれているサッカーの神様に、この1年間で何度感謝しただろうか。まるでドラマのような、日本サッカー界でも例を見ない痛快無比なサクセスストーリーを成就させた横浜F・マリノスの守護神、朴一圭(パクイルギュ)は「夢や希望、勇気といったものは与えられたのかな」と笑顔を輝かせる。

「カテゴリーの違いもちろんありますけど、皆さんが思っているほどの実力差というものは、僕自身は無いと思っています。本当にちょっとした差だと思うし、その差を自分でしっかりと見極めてプレーを続けていけばカテゴリーを上げられるし、上のカテゴリーでチャンスをつかみ、結果を残すことも可能だと思うので。その意味ではすごく大切な1年だったし、大切な1日でした」

波乱万丈に富んだ、と表現してもいい1年間を朴が感慨深げに振り返ったのは、マリノスが15年ぶりに手にしたリーグ優勝の余韻が色濃く残る、ホームの日産スタジアム内の取材エリアだった。わずか1年前はFC琉球の守護神として、J3制覇とJ2昇格の二重の喜びに浸っていた。

直後に届いたマリノスからのオファー。接点をさかのぼっていけば、おそらくは2018年1月のマリノスの石垣島キャンプ中に組まれた、FC琉球との練習試合に行き着く。青天の霹靂にも映る驚きと自分を見いだしてくれたマリノスのスカウト陣への感謝の思いを胸中に同居させながら、J2を飛び越しての、夢として位置づけてきたJ1へのステップアップを決意した。

埼玉県で生まれ育った朴は朝鮮大学を卒業した2012シーズンに、当時JFLを戦っていた藤枝MYFCでキャリアをスタートさせた。翌シーズンには関東サッカーリーグ1部のFC KOREAへ移籍。新たに創設されたJ3に藤枝の参戦が決まったことに伴い、2014シーズンに復帰した。

2016シーズンにはJ3の舞台で戦って3年目になるFC琉球へ移籍。ホームで12勝4分と無敗をキープしたまま、J3リーグ史上で最速となる3試合を残しての優勝・昇格を決めた昨シーズンの快進撃を、守護神およびキャプテンとして支え続けた。

「琉球のころからそういうプレーはやっていましたし、元をたどれば藤枝にいたときからそういうプレーは求められていたので。マリノスのスタイルに適応している、という理由で獲得してくれたことは間違いないと思うし、だからこそペナルティーエリアから飛び出すことへの怖さや違和感といったものは感じませんでしたけど、それでも『ここまでやっていいんだ』という驚きはありましたね」

朴が言及した「そういうプレー」とは、シュートストップを含めたセービングだけではなく、常に高く保たれた最終ラインの裏のスペースをケアし、ビルドアップにも加わるプレーをゴールキーパーに求めた、アンジェ・ポステコグルー監督の哲学を指す。究極のレベルまでリスクを冒すスタイルに楽しさと刺激を覚えながら、一方で自身の原点を忘れることもなかった。

「下のカテゴリーでずっとプレーしてきた自分にとって、マリノスの環境は逆に良すぎるんですね。ご飯もしっかり出るし、スパイクも磨いてくれるし、試合へも手ぶらで来られる。J3だったら絶対にありえないし、もしかするとJ2でもありえないかもしれない。これ以上良くなったら、むしろどうなっちゃうのかな、と。逆に困っちゃうと思うんですけど、恵まれた環境のなかでもハングリーさを失わなかったのは、底辺で苦しんできた、いままでの経験が絶対に大きいと思うんですね。あらためて振り返ってみれば苦しみではなく、そのときに実力がなかったからそのカテゴリーでしかプレーできなかっただけなんですけど、そうした経験がJ1のカテゴリーで生きていることは間違いないので」

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最終更新:2019/12/12(木) 22:51
REAL SPORTS

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