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最貧国のアフガニスタン、国家予算の半分は治安維持に消え

2019/12/12(木) 12:34配信

ニュースソクラ

【舛添要一が語る世界と日本】外国支配、内戦続きの近現代史を振り返る

 アフガニスタンの復興に尽力してきた中村哲医師が凶弾に倒れた。

 誰の犯行なのか。タリバンは犯行を否定している。ISの可能性もある。また、水利権争いに巻き込まれたという情報もあるが、真相はまだ分からない。

 40年以上も戦火が絶えないこの国の状況を考えると、日本という国がいかに恵まれているのかを再認識させられる。

 アフガニスタンは、日本の1.7倍の国土にパシュトゥーン人、タジク人、ハザーラ人、ウズベク人、トルクメン人など2916万人が住む多民族国家である。この国は、中央アジアの内陸国で周囲を大国に陸続きで囲まれた緩衝国である。中国、パキスタン、イラン、ソ連邦(今はソ連が崩壊し、トルクメニスタン、ウズベキスタン、タジキスタン)は、いずれも核武装国あるいは準核武装国である。

 歴史を振り返っても、ペルシャ、アレクサンドル大王、モンゴル帝国、チムール朝、ムガール朝などに支配され、18世紀になって初めてアフガン王家の支配が始まった。その後、帝国主義の時代にはイギリスの保護領となり、第一次大戦後にアフガニスタン王国として独立した。

 日本は島国で、四方を海に囲まれ、元寇の歴史に見るように、モンゴル帝国の侵略から国を守ることができた。アフガニスタンのように、大国の勢力争いに翻弄されることも少なかった。また、海運を通じて、内陸国よりも世界との交易に遙かに有利な状況の下で近代化した。この地政学的な条件を忘れてはならない。

 第二次大戦中は連合国、枢軸国と距離を置く中立国であったが、戦後の1973年7月に国王ザーヒル・シャーが従兄弟に追放され、共和制になり、ソ連に接近した。1978年4月には人民民主党による軍事クーデターで社会主義政権が誕生したが、これに対抗するムジャーヒディーン(イスラム義勇兵)が蜂起し、内戦状態になる。

 翌1979年2月にはイラン革命が起こり、イスラム原理主義が勢いを増すと、それがソ連領土にも浸透していくことを恐れたブレジネフは、親ソ派のアフガニスタン政権を強化するために軍事侵攻する。内戦は激化し、1989年にはソ連軍は撤退する。

 その後も内戦が続き、1996年にはタリバンがカブールを占領し、イスラム首長国を宣言した。そして、ビンラディンのアルカイーダがスーダンからアフガニスタンに移動する。

 タリバンは、2001年3月にはバーミヤンの石仏を破壊するという愚行を実行したが、9月11日にはアメリカ同時多発テロを起こしている。アメリカは、自衛権の発動として、10月にアフガニスタンを軍事攻撃し、タリバン政権を崩壊させた。12月にはカルザイ暫定政権が樹立され、2004年には新憲法が公布されるが、タリバンの反撃が続き、政府は今でも国土の半分くらいしか統治していない。

 2015年には、アフガニスタンでもISが活動を始めており、政府、タリバン、ISの三つ巴の内戦が続いている。

 アフガニスタンは世界の最貧国の1つであり、国民の半分が貧困ライン以下の生活を強いられている。国家予算1兆2000億円のうち、約3000億円のみが自国で調達でき、あとの4分の3以上は海外からの援助である。

 国家予算の半分は治安の維持に使われており、産業の発展やインフラ整備などに十分な資金が不足している。世界銀行によると、内戦が終わったとしても、数年間は毎年8000億円の援助が必要だとしている。

 ソ連が10年間関与し、その後アメリカがもう20年間近く治安維持のために軍隊を派遣している。これまでアメリカがアフガニスタンのために使った金額は15兆円にのぼる。再選を狙うトランプ大統領が、駐留米軍の削減を考えるのは当然である。

 11月29日、トランプ大統領はアフガニスタンを電撃訪問し、タリバンとの和平協議を開始した。しかし、タリバンはアフガニスタン政府との協議を拒否しており、容易に和平が実現する展望はない。

 中村医師の死がクローズアップさせたアフガニスタンの困難な状況を見ると、この中央アジアの国とは対極的に四方を海で守られ、平和と繁栄を享受する日本の地政学的条件を再認識させられるのである。

舛添 要一 (国際政治学者)

最終更新:2019/12/12(木) 12:34
ニュースソクラ

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