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宇野維正が『アイリッシュマン』を徹底解説!スコセッシ&デ・ニーロが映画人生を注ぎ込んだ集大成

2019/12/13(金) 20:30配信

Movie Walker

ほんの数ヶ月前まで、2019年が「マーティン・スコセッシとロバート・デ・ニーロの年」になるなんて予想もしてなかった。いや、2017年初頭にNetflixがスコセッシ監督&デ・ニーロ主演『アイリッシュマン』の全世界配信権を取得し、2019年中に配信する予定であることが最初に報じられてから、もちろん『アイリッシュマン』のことはずっと首を長くして待ち焦がれてきた。しかし、その直前の2019年10月に思いがけないかたちで世界中の話題をさらったのが『ジョーカー』だった。すでに多くの人が語っていて、トッド・フィリップス監督自身も公言しているように、『ジョーカー』はスコセッシ監督&デ・ニーロ主演のタッグで世に送り出されてきた名作の数々、特に『タクシードライバー』(76)、『レイジング・ブル』(80)、『キング・オブ・コメディ』(82)の強い影響下にある作品だった。そして、それを駄目押しするように、ストーリー上極めて重要な「コメディアン出身の大物司会者」の役にデ・ニーロを起用。「スコセッシ」と「デ・ニーロ」は、『アイリッシュマン』の配信を待たずして映画界における最もホットなキーワードとなった。

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そして、遂に11月27日、Netflixオリジナル映画『アイリッシュマン』が配信されると最初の1週間に全世界で2740万世帯が視聴。来年のアカデミー賞でも最有力作品と目されている本作は、今年世界で最も速いペースで多くの観客/視聴者に観られた作品の一つにもなったわけだ。ここでは前編と後編に分けて、『アイリッシュマン』がスコセッシにとって、デ・ニーロにとって、そして映画史においていかに重要な作品であるかを解説していきたい。

スコセッシ&デ・ニーロの映画史上「最強」にして今回の『アイリッシュマン』によっておそらくは「最長」となったタッグは、ニューヨークのダウンタウンで違法行為に手を染めるイタリア系の若者たちの青春を描いた『ミーン・ストリート』(73)から始まった。同じ時期に、同じニューヨークで生まれ育ち、子供時代にはリトル・イタリーの街角で一緒に遊んだこともあったという2人は、20代の終わり(製作開始時期)に共通の友人であったブライアン・デ・パルマ監督を介して映画界で運命的な再会を果たした。スコセッシにとって3本目の長編作品だった『ミーン・ストリート』で描かれていたのは、ストリートで享楽に溺れる日々と、カトリシズムに由来するそこでの罪の意識。映画界に足を踏みいれる前は司祭を志していたスコセッシは、自身が生涯を捧げることになるテーマに、すでにこの時期から取り組んでいた。

カンヌ映画祭でパルムドールを受賞し、スコセッシの映画作家としての世界的な評価を確固たるものとした『タクシードライバー』。スコセッシとデ・ニーロが幼少期を過ごしていた時代のニューヨークを大規模なセットで再現した野心作にして、『ラ・ラ・ランド』(16)にも大きな影響を与えたことで知られているラブストーリー『ニューヨーク・ニューヨーク』(77)。ニューヨーク出身のボクサー、ジェイク・ラモッタを演じたデ・ニーロに、初のアカデミー主演男優賞がもたらされた『レイジング・ブル』。スコセッシとデ・ニーロのタッグは次から次へと傑作を世に送り出すことになるが、『レイジング・ブル』以降、そこで重要な3人目のパートナーとなったのがデ・ニーロと同じ1943年生まれのジョー・ペシだ。

『アイリッシュマン』以前にデ・ニーロとペシが共演しているスコセッシ作品は、『レイジング・ブル』、『グッドフェローズ』(90)、『カジノ』(95)の3作品。中でも『グッドフェローズ』におけるペシの狂気と暴力性に満ちた怪演は、「スコセッシといえばマフィア群像劇」というその後のスコセッシ作品のパブリック・イメージを決定づけることにもなった。デ・ニーロとは私生活においても親交が深く、ペシは2006年のデ・ニーロ監督作『グッド・シェパード』で8年ぶりにスクリーンに復帰。近年もセミリタイア状態が続いていたが、他でもないスコセッシ&デ・ニーロからの依頼とあって、今回の『アイリッシュマン』で久々の映画出演が実現した。

ペシの帰還に加えて、『アイリッシュマン』で昔からのスコセッシ・ファンを歓喜させたのはハーヴェイ・カイテルの登場だ。フィラデルフィア・マフィアの伝説的なボス、アンジェロ・ブルーノを演じたカイテルは本作での登場シーンこそ限られてはいるが、初期スコセッシ作品において最も重要な役者だった。最初期のカイテル、黄金時代を共に築いたデ・ニーロ、そして2002年の『ギャング・オブ・ニューヨーク』以降はレオナルド・ディカプリオ。そのフィルモグラフィーの大部分において、スコセッシは自らの分身とも言える特定の役者と集中的に作品を作ってきたが、それは必然的に同時代の他の名優と仕事をする機会を逸することでもあった。『アイリッシュマン』でスコセッシ作品に初めて参加したアル・パチーノは、まさにその筆頭に挙げられる存在だろう。

スコセッシやデ・ニーロよりも少し年上で、同じニューヨーク出身のパチーノ。ご存知のようにデ・ニーロとパチーノは、スコセッシの盟友でもあるフランシス・フォード・コッポラ監督『ゴッドファーザー PART II』(74)で時空を超えた「親子」を演じて以来、『ヒート』(95)、『ボーダー』(08)とキャリアの要所要所での共演もあった、70年代以降長らくハリウッド映画を象徴してきた二枚看板だ。特にマイケル・マン監督による『ヒート』は、『ダークナイト』(08)をはじめとする2000年代以降のハリウッド映画においても参照され続けている傑作だが、デ・ニーロとしては、役者としてのキャリアの終盤に、もう一度パチーノと決定的な共演作を残しておきたかったのかもしれない。

スコセッシやキャスト陣のインタビューでも明かされているように、『アイリッシュマン』の企画をスコセッシに持ち込んだのはデ・ニーロ本人だった。過去にもデ・ニーロは、その当時エンターテインメント作品から遠ざかろうとしていたスコセッシに再三アプローチをして、『キング・オブ・コメディ』を撮らせたことがある。スコセッシとデ・ニーロは、通常の映画監督と主演俳優の関係ではなく、ただの友情関係も超えて、お互いのキャリアを左右し合ってきた運命共同体にして、長きにわたる人生の並走者でもあるのだ。

そのことをふまえると、『アイリッシュマン』は単に「豪華キャスト陣の奇跡の共演が実現した大作」であるだけではなく、スコセッシとデ・ニーロがその長い映画人生をすべて注ぎ込んだ、もしかしたら最後の共同作業にして、2人にとっての集大成であることがわかる。Netflixで『アイリッシュマン』と同時に配信されている『監督・出演陣が語るアイリッシュマン』の中で、スコセッシは「最初から古株を集めるつもりではなかった」と発言しているが、本作にデ・ニーロ、ペシ、パチーノ(さらにはカイテルまで)が集まったのは、もちろん偶然のことではないだろう。

最新のテクノロジーを駆使して同じ役者が登場キャクターの半生を演じていることも話題の『アイリッシュマン』だが、実はCGが施されているのはデ・ニーロ、ペシ、パチーノの3人だけ。一方で、それ以外の主要キャラクターは最初の登場シーンに「死因」と「死んだ年」がクレジットされるという、物語のサスペンスやスリルをあえて抑制するような異例の演出手法がとられている。それはまるで、『アイリッシュマン』の本当の「物語」は作品の外側、つまりスコセッシの、デ・ニーロの、ペシの、パチーノのこれまでの映画人生そのものにあることを暗示しているかのようでもある。

スコセッシにとって長年の盟友であるデ・ニーロとペシ。そのデ・ニーロとペシは親友同士であり、作中でも彼らの演じるキャラクターの友情関係が物語の鍵となっている。デ・ニーロとパチーノは友人であると同時に長年映画界においてはライバル関係にもあったわけだが、その緊張感は作中にも反映されている。本作で初めて邂逅を果たしたスコセッシとパチーノだが、それは互いの残された映画人生における大きな悔いが解消されたことを意味するのだろう。そのように作品の外側に広がっている数々の「物語」に思いを馳せると、『アイリッシュマン』はより一層味わい深い作品となる。(Movie Walker・文/宇野 維正)

最終更新:2019/12/14(土) 1:17
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