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109年の歴史に幕「宇高航路」瀬戸大橋開通後30年存続 なぜいま「休止やむなし」なのか

2019/12/14(土) 6:07配信

乗りものニュース

「高速ETC1000円」で大打撃 それだけでない衰退理由

 瀬戸大橋開通後、高速道路ネットワークの進展に比例するかのように、フェリーの需要も徐々に減ってはいましたが、決定的な異変が生じたのは2009(平成21)年、全国的に実施された高速道路の「ETC利用で休日の上限1000円」という大幅な値下げでした。

 競合3社のうち本四フェリーは、高速道路値下げの施行直前に撤退しました。そして値下げ後は瀬戸大橋の自動車利用が一挙に増加し、価格面のメリットを失ったフェリーは、利用者の減少があっというまに進んだのです。宇高国道フェリーも対抗値下げや減便でしばらく持ちこたえたものの、2012(平成24)年に運航を休止しました。

 ただ、航路衰退の要因は高速道路の割引施策だけではありません。高速道路ネットワークが進展するなか、宇野港と高松港は、ともに瀬戸大橋や高速道路のICから離れていることもあり、「四国の玄関口」としての役割も徐々に薄れていったのです。

 現在、四国では島内の高速道路網の中心に位置する愛媛県四国中央市に物流拠点を置く企業が多いほか、航路の需要も、同市周辺に発着するRORO船(トレーラーなどを直接搭載できる貨物船)や、四国と関西を結ぶ航路などに分散しています。また近年、トラックドライバーの「働き方改革」で、休憩時間確保のためにフェリーが使われることが増えていますが、宇高航路の約1時間という運航時間は、ドライバーにとって休憩に使いづらい側面もあります。

 こうして、物流コストの面で宇高航路を必要としていた高松側でも、前出のタダノが自社で輸送船を購入するなど、「この航路でなければ」という重要性が薄れていきます。フェリーの便数削減もあり、通学の主流も鉄道へ移行。岡山~高松間の快速「マリンライナー」は朝晩の時間帯、多くの学生で賑わい、昔からの「船通」に対し「マリン通」という言葉も生まれているほどです。

自治体も「休止やむなし」 新しい動きも

 フェリーが徐々に運航本数を減らしていくことで、2つの港町の交流人口は徐々に縮小していきます。これに造船業の縮小も重なった玉野市では、街の衰退、高松との交流人口縮小、フェリー減便、さらに街の衰退、という流れが、30年間ゆっくりと進行したといえるのかもしれません。関係自治体も2015年から続けていた四国急行フェリーへの補助金の拠出を打ち切る方針を固め、「休止やむなし」の見解を出しています。

 ただ、宇高航路がなくなっても、宇野~高松間のフェリー移動ができなくなるわけではありません。小豆島や直島などを経由すれば、瀬戸大橋を利用できない自転車や原付でも、本州・四国間を移動することは可能です。

 また、宇野、高松両港と船で結ばれている直島は近年、美術館や現代美術の展示などで「アートの島」として注目されています。直島を含む瀬戸内の島々を舞台に、3年に1度開催される「瀬戸内国際芸術祭」期間中は世界中から観光客が集まり、それが開催された2019年、宇野港には年間20回もクルーズ船が寄港しました。かつての「四国の玄関口」宇野港はいま、「直島の玄関口」として存在感を増しています。

宮武和多哉(旅行・乗り物ライター)

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最終更新:2019/12/14(土) 8:29
乗りものニュース

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