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「インターネット、最近は好きだけど嫌い」。神聖かまってちゃんに聞いた、表現の自由。

2019/12/14(土) 14:24配信

ハフポスト日本版

自殺さえも「傍迷惑」と切り捨てる社会。その中に生きる自分という存在のあやふやさ。少女「るるちゃん」が吐き出す切なく苦しい言葉たちが、美しい旋律に乗って届けられる。

それでも、「死にたさが浄化された」「生きるの頑張る」――。コメント欄に並ぶのは、誰かの「救われた」という言葉たちだ。

過激なパフォーマンス、攻撃的な歌詞や言動。心に差し込まれる衝動の一方で、優しい毛布をかけてもらえるような時間。神聖かまってちゃんの音楽は、そんな体験なのだ。

「僕自身も、それで自分の居場所を作ってるから。自分に近い人がそう思ってくれているんじゃないでしょうかね。自分も10代の頃とか、先輩のミュージシャンの曲を聞いたことによって、吐き出せたものがあったから。別に救おうとしてやってるわけではないけど、救われたとかそういった感覚はわかりますね。影のある部分は出してるんだと思いますけど、その出し方、切り取り方がやっぱり独特だし、『神聖かまってちゃん』すごいなって改めて思いましたよ」(の子)

同時に、語られたのは、音楽シーンへのフラストレーション。

「でもこういうアーティストって、ほぼいなくなりましたって感じじゃないですか?今、若いバンドは本当にストーリー性を感じない。『みんな良い子だな』って思う。『もっとやってやればいいのに』『もっと行ってやればいいのに』『人間味を見せろ』って思うよ。すごく『気をつけてやってんな』っていう背景が透けて見えるから」(の子)

その背景にある時代の空気感、それこそが、冒頭の「インターネット」への愛憎を語った言葉につながっている。

「インターネットポップロックバンド」。それが、神聖かまってちゃんが名乗ってきた肩書だ。2008年に結成。YouTubeやニコニコ動画などに、メンバー自身が楽曲や自作のミュージックビデオをアップロードし、口コミで人気を広げていった。

ネットを通じて発信したのはMVやライブにとどまらなかった。インタビューを受けている様子、風呂、食事、結婚式、ネットを通じてあらゆる時間を視聴者と共有する、新しいスタイル。その先駆者が神聖かまってちゃんだ。それなのに、だ。

二曲目の『毎日がニュース』。正義を振りかざし、他人の罪を裁くことに明け暮れ、ご近所さんが「グロくなっていく」。そんな人々の姿を、「主人公になれやしない社会さ」と歌う。

「特にTwitterは嫌いですね。理由は詳しくは言いたくない。けど、皆が思ってることと同じですよ。何でもかんでも振り切って、過剰に、過激なまでに行っちゃうと、ちょっと引いちゃうんです。中間の視点が持てていればいいんですけどね」(の子)

「文面だからニュアンスもわからないですしね。受け取り方で全然変わってしまうのは恐ろしい」(mono)

「めっちゃぬるいですね、私の投稿も確かに。好きなアニメとかの話はできても嫌いなものの話はできない。何となく皆、そうなんだろうなっていう。自由が行き渡りすぎて、逆に空気読まなきゃいけなくなってるの、ネット全体にある」(みさこ)

神聖かまってちゃんも、今で言う「炎上」を繰り返しながら熱狂的な支持を獲得していったアーティストだ。多くのバッシングも浴びたはず。しかし、その時と今の状況はまた違うと感じているのだという。

「昔はもうちょっと、炎上させるっていうか盛り上げることで、悪い方行ってもメリットがあったような気がする」(の子)

「ラジオで言うところのはがき職人みたいな、面白リスナーみたいな人が一定数いて、精鋭たちが集まっているという感じがしましたからね」(みさこ)

「面白い人が集まってたね。当時はもっとインターネットに人々は恐れていたというか、そういう時代にやっていたので注目を浴びたんですけど、10年経ってみると、すごい力があるような、そうでもないような」(ちばぎん)

「あの頃のほうがわくわく感はありましたね。今はインターネットにうるせえヤツばっかり増えて。でも、それでも、バンドシーンはもう少しアクションがあってもいい。最近は『つまんねえな』って。個性の塊みたいなヤツがアーティストにもいないじゃないですか」(の子)

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最終更新:2019/12/14(土) 14:24
ハフポスト日本版

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