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音楽で振り返るゲーム史、パズドラ作曲家「手ごわかったガラケー」 ソシャゲへの偏見「魂売ったな」

1/16(木) 7:00配信

withnews

100万ダウンロードで世界が変わった

――イトケンさんがガラケーのゲームやパズドラの曲をつくられていた2000年後半~2010年前半は、家庭用ゲーム機のゲームをつくっているメーカーと、ソーシャルゲーム(モバイルゲーム)をつくっているメーカーとの間に壁があったというか、「ソシャゲやガチャは良くない」みたいな風潮があった時期だと思います。そういった意味で同業者から何か言われたりなどはありましたか。

同業者から直接何か言われたことはないですが、「節操ないな」とか「そっちに魂売ったか」とかは思われていたと思いますよ。


――「魂売ったな」みたいに受けとられるのはなぜだったんでしょうか。世間的に見ても「ソシャゲはもうかる」みたいなイメージがありましたし、例えばその部分とかですか。

そうですね。今となっては想像でしかないですけど。家庭用ゲーム機だと何十曲、何百曲つくらないといけないところを、当時のモバイルゲームは4、5曲とか少ない曲数でのオファーが多かったですし、ソシャゲブームでもあったので、気楽だと思われたんでしょうね。


――実際のところ、気楽だったんですか。

いやいや(笑)。自分にとっては新しいジャンルでしたし、モバイルゲームの中でまだゲーム音楽は注目されていなかったので、ゲーム音楽を浸透させるという使命感がありました。使命を持って仕事をしていたし、仕事の対価としてギャラをいただくのは正当な話でもあるし、実際気楽ではなかったですね。


――ソシャゲは……、みたいな風潮が変わってきたのっていつぐらいなんでしょうか。

あくまで私の場合は、になりますけど、パズドラの100万ダウンロード突破ですね。しかも、サービス開始から半年もしないあいだに突破したので、制作サイドとしてもびっくりする出来事でした。

「新しい扉が開いたな」

――パズドラに関しては、その後500万、1000万ダウンロードとぐんぐんダウンロード数を伸ばしていって会社の株価も上がって、テレビなどではパズドラブームが社会現象として取り上げられていましたよね。

ヒットしたおかげで、モバイルゲームのゲーム音楽も取り上げられることが増えて、自分自身も新しい扉が開いたなという感覚はありましたね。


――新しい扉というのは。

自分の看板がひとつ増えたみたいな感覚です。先ほど使命の話をしましたが、モバイルゲームでももっとゲーム音楽は浸透するだろうし、自分も作曲家としてこのフィールドで戦えるという可能性を100万ダウンロードで感じました。


――それくらいインパクトあったんですね。

そうですね。ちょうどこの頃に周りが「イトケンはいいね。ロマサガとパズドラで2世代にわたってファンがいるじゃん」みたいことも言ってくれて。そういう周りの発言からも流れが変わったのを実感しました。


――ファンの広がりは実感しますか?

ゲーム音楽のライブを開く時、とくに実感します。パズドラのライブを開催すると親子連れでいらっしゃる方が多いんです。子どもたちがノッているのを見ていると「自分も子どもたちが楽しんでくれる曲を提供できるようになったかぁ」と感じますし、ひるがえってサガシリーズのライブを開催すると、昔からゲームを遊んでくれている方々が聞きにきてくれます。最近はそこにパズドラから私を知ってくれたであろう、高校生くらいの男の子や女の子もきてくれているので、広がりを感じますね。

あともう一つ実感したのが浸透力です。パズドラはおじいちゃん、おばあちゃんまで老若男女が知っていて、「パズドラの曲をつくってるんだよ」というと、みんなが「おお!」となる威力があるというか。そういった体験でも広がりを感じました。


――ゲーム好きにとってはイトケンさんの代表曲はサガシリーズだと思うのですが、一般的に見ると、イトケンさんの代表曲はパズドラなわけですね。そう思うと、パズドラが新しい扉を開いたというのがより実感できます。

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最終更新:1/16(木) 7:00
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