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基準なき国の“裁量”に左右される人生…「仮放免」の中国人高校生が抱いた夢

1/9(木) 15:15配信

AbemaTIMES

「新元号・令和の発表で沸いたその日、日本の入管行政が大きく変わりました。警察担当の記者として多くの事件に携わる中で“仮放免”という言葉をよく耳にするようになりました。“仮放免”とは一体なんなのか。取材を進める中で、1人の少女と出会いました」。(メ~テレ・小島佑樹ディレクター)

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■“日本で暮らす資格”を失い、父は収容

 2018年12月。林佳しん(りん・かしん、しんは日へんに斤)さんは大学の合格通知を受け取った。留学生の父親の“家族”として5歳の時に中国から来日。名古屋市内の小中学校に通い、商業高校に進学。「社会福祉士になる」という将来の夢も見つけた。

 しかし佳しんさんの一家には在留資格がなかった。7年前に父親が大学院を退学したことで“日本で暮らす資格”を失っていたのだ。

 「不法滞在」の外国人は原則、入管施設に収容されるため、この時すでに父親は収容されていたただ幼い子どもがいたため、母親と4人の子どもたちには「仮放免」という措置がとられ、収容が解かれていた。

 家計を助けるために佳しんさんは就職を目指し、簿記2級、英検2級、秘書検定2級など、多くの資格を取得した。しかし仮放免の状態では働くことが許されていないことを知り、進学に切り替えた。

 それでも強制送還の対象。大学に合格した佳しんさんだけでも、日本に残る方法はないか。弁護士に相談することにした。「最近、家族全員の在留特別許可はなかなか認めない。ただ、娘さんの留学ビザは可能性ある」(田邊正紀弁護士)とのアドバイスをもらった。

■「挨拶もできず日本を離れるのが本当につらい」突然の強制送還

 そして12月27日、18歳になった翌日、佳しんさんは「仮放免」の更新と父親との面会のため、家族とともに名古屋入管を訪れた。しかし、何時間待っても一家が出てくることはなかった。身柄を拘束され、中国に強制送還されたのだった。

 全国の入管施設に収容されている外国人は約1160人。誰を、いつ強制送還するのかは、国の“裁量”で決まる。1978年に最高裁が示した「外国人の在留の許否は国の裁量に委ねられ、外国人に対する憲法の基本的人権の保障は、外国人在留制度のわく内で与えられているにすぎない」という判例が、今も入管の判断の支えとなっているのだ。

 この頃、国は入管法を改正し、労働力として新たに外国人を受け入れる方針へと舵を切っていた。「良質な外国人を入れるから、良質でない人は帰す、という姿勢は強くなっていると思う」(田邊正紀弁護士)。

 佳しんさんが名古屋入管で高校の教師たちに宛てた手紙には「しっかり挨拶もできず日本を離れるのが本当につらいです」と綴られていた。なぜ自分たちなのか。なぜこの時だったのか。具体的な説明はなく、送還直後の自宅は、一家が家を出たときのまま残された。

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最終更新:1/9(木) 15:15
AbemaTIMES

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