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真実を語らなかった米政府 アフガン文書の波紋広がる

1/11(土) 15:00配信

毎日新聞

 米紙ワシントン・ポストが2019年12月に「アフガニスタン・ペーパーズ(文書)」という文書を公開した波紋が広がっている。米政府のアフガン復興に関する特別監察官が実施したインタビューの記録を情報公開法によって入手した。【北米総局長・古本陽荘】

 米軍幹部らが実際にはうまくいっていないにもかかわらず、戦況が好転しているかのような偽りの説明を繰り返し、アフガン戦争の泥沼が続いてきた実態を浮き彫りにした。ベトナム戦争の秘密工作などが記されていた報告書がリークされた際、「ペンタゴン・ペーパーズ」と呼ばれたことになぞらえて、アフガン・ペーパーズと名付けられた。文書は一つの報告書としてまとめられたものではなく、米軍や国務省の幹部ら約400人にインタビューした計約2000ページの記録だ。

 ◇相次いでいた政府高官の疑問

 一端を見てみよう。後に駐北大西洋条約機構(NATO)米大使も務めたルート陸軍中将は、中央軍司令部やホワイトハウスの国家安全保障会議(NSC)で、アフガン政策立案の中心にいた。ルート氏は、NATO大使時代の15年にインタビューを受けている。そのルート氏が「アフガンについて基本的な理解を欠いていた。一体何をしているか分からなかった」と率直に告白している。

 対テロ戦争のアドバイザーだったクローリー陸軍大佐は16年に「アフガンはすぐに民主化する。住民が政府を速やかに支持するだろう――など、戦略に誤った想定があった」と振り返っている。そして「可能な限りうまく行っているようにみせるため、あらゆるデータがいじられた。例えば、まったく当てにならないと分かっている調査の結果を使って補強材料にしていた」と明かし、戦況の報告が実態とかけ離れたものだったことを認めている。

 開戦時の国防長官だったラムズフェルド氏は現職だった03年に「アフガンも、イラクも、誰が悪者なのか見極めることができない。情報機関のメモをすべて読んでいる。たくさん情報を得ているような気がするが、いざ行動しようとすると何の有益な情報もないと気づく。我々には、人的なスパイ情報がまったくない」と明かしていた。

 01年の米同時多発テロを受けて始まったアフガン戦争は、ニューヨークの貿易センタービルや国防総省へのテロを実行したテロ組織「アルカイダ」と、アルカイダをかくまっていたアフガンの当時の支配勢力「タリバン」が相手だった。だが、タリバンの拠点を攻撃した後、米政府は軍を引き揚げず、アフガンの民主化や国家再建までを戦略の目標に掲げた。イラク戦争も同時に始まり、混迷を極めた。18年に及ぶ戦争で、延べ77万5000人の米兵がアフガニスタンに派遣され、2300人以上が命を落とした。

 ポスト紙は、アフガン文書の連載を「米政府高官は、勝てない戦争になっているという疑いようのない証拠を隠し、ウソだと分かっているバラ色の発表を続け、アフガン戦争の真実を明かさなかったことを明らかにした」と総括している。

 これに対し、米軍トップのミリー統合参謀本部議長は12月20日の記者会見で反論した。「何か組織的に調整してウソをついたというような説明は誇張が過ぎる。私の経験から言えば、それは誤った描写だ」と強調した。確かにアフガン文書で、米政府が秘密裏に違法な軍事作戦を遂行し、それを隠蔽(いんぺい)していたなどの事実が明かされたわけではない。

 一方で、根本的な戦略上のミスがあると多くの政府高官が感じていたにもかかわらず、18年にもわたって泥沼の戦争が続いた。「おかしい」と気づいていながら、「いまさら仕方がない」と考える空気が軍や政府に蔓延(まんえん)していたとしたら、それは組織的な病理と言えないだろうか。「調整してウソはついていない」という主張は、真実を語っていたという意味ではない。

 ◇裁判闘争を経て文書開示まで3年間

 ポスト紙の調査報道の粘り強さにも焦点があたった。ペンタゴン・ペーパーズは関係者によりリークされた。今回、ポスト紙はアフガン特別監察官に文書を出すよう求めたが拒否された。インタビューの概要を「教訓」として公表しており、それ以上の開示は必要ないというのが政府の立場だった。

 ポスト紙は、国民はアフガン戦争の実態について知らされるべきだと文書開示を求めて裁判所に提訴する。勝訴するまでに実に3年の時間を要した。生々しい証言と「教訓」はまったく別物だった。

 アフガン特別監察官は、国防権限法に基づき設置された。アフガンで一体何が起きているのか記録として残し、将来の参考にするのが目的で、発案者はNATO主導の国際治安支援部隊(ISAF)のアレン司令官だった。

 特別監察官のソプコ氏は、ポスト紙が文書を入手した後に応じた同紙とのビデオインタビューで、「教訓」にアフガン戦争が失敗しているという証言がないことについて、「自分に与えられた権限はアフガン復興支援に関するもので戦闘や外交政策を評価する立場にはなかった」と釈明した。

 ただ、逆にこれが裁判所の文書開示命令につながった可能性がある。軍の作戦計画などの機密の情報は続行中の戦争については、なかなか開示されないのが普通だ。米国では公文書にアクセスする権利が情報公開法により国民に認められているが、機密事項や国防、外交政策に関する情報は適用除外にできると規定されている。特別監察官の業務の対象から表向きは「戦闘」などが除かれていたことから、逆に文書が開示しやすくなったという事情があるようだ。一部の機密情報は黒塗りのままで、開示文書の多くは発言者の名前が伏せられたが、ポスト紙は内容から発言者を特定した。

 議会では、アフガン文書について説明を求める声が上がっている。米軍幹部らは20年の年明けから、議会で証言を求められることになる。

最終更新:1/11(土) 15:00
毎日新聞

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