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過去のPL学園のOBでオールスターチームと理想の打順を組んでみた

1/11(土) 20:00配信

高校野球ドットコム

 2016年夏も様々なドラマがあり、また涙もあった。
その中でも地区大会中に大きな注目を集めたのが、その夏で休部を発表していたPL学園の勝ち上がりだった。その大阪大会では惜しくも、初戦で敗退。高校野球ファンたちにとっても、寂しいニュースとなった。。

2014年は野球素人の正井一真校長が監督登録だった

多くのプロ野球選手を輩出した功績

 これほどの強豪校が、と情緒的に嘆いても、時間が経過すればPL学園野球部の名前は次第に忘れられていくだろう。「1977年度卒から2001年卒までの25年間、すべての代からプロ野球選手が輩出されているんだよ」と言っても、「またまた、話を盛るんだから」と笑われるのが関の山である。横浜高校ですらプロへ進んだ代が5年以上続いたことはないのだから。

 15年以上前、雑誌の仕事で中村 順司・元PL学園野球部監督を取材したことがあり、その流れでOBのプロ入りを丹念にたどり、77~01年まですべての代がプロ入りしたことを知った。元プロが多いのは知っていたが、まさか25年とは。

 プロ野球の世界では王 貞治(元巨人)の通算868本塁打、金田 正一(元国鉄、巨人)の通算400勝、福本 豊(元阪急)の通算1065盗塁が不世出の大記録と言われているが、PL学園の「25年間プロ野球選手を輩出」は高校野球界のアンタッチャブルレコードと言ってもいい。

 PL学園が高校野球界のナンバーワンになる70年代以前、トップに君臨していたのは中京商(現在の中京大中京)である。1931~33年の夏の大会3連覇は現在まで続く最長記録で、甲子園大会春夏通算で11回優勝もモンスターレコードである。ただ、PL学園と比べるとプロに進んだ顔ぶれが寂しい。近年では稲葉 篤紀(元ヤクルト、日本ハム<関連記事>)が有名だが、それ以前では杉浦 清、野口 二郎、野口 明、鬼頭 数雄など有名選手は戦前にかたよる。中京大中京に問題があるのではない。PL学園が凄すぎるのだ。

 戯れに、PL学園OBでピックアップチームを作ってみた。候補者は次の選手たちだ。

■捕手:木戸 克彦(元阪神)
■一塁手:加藤 英司(元阪急など)、清原 和博(元西武など)、小早川 毅彦(元広島)
■二塁手:今岡 誠(元阪神)
■三塁手:片岡 篤史(元日本ハムなど)、今江 敏晃(元ロッテなど)
■遊撃手:立浪 和義(元中日)、宮本 慎也(元ヤクルト)、松井 稼頭央(元楽天など)
■外野手:中塚 政幸(元大洋)、新井 宏昌(元近鉄など)、吉村 禎章(元巨人)、坪井 智哉(元阪神など)、サブロー(元ロッテなど)、福留 孝介(阪神)
■投手:新美 敏(元日本ハムなど)、尾花 高夫(元ヤクルトなど)、桑田 真澄(元巨人)、野村 弘樹(元横浜など)、前田 健太(ドジャース)

 打順を組めばこんなふうになる。
(遊)立浪、(中)新井、(右)福留、(一)清原、(左)吉村、(二)今岡、(三)今江、(捕)木戸、(投)桑田

 2000安打以上の加藤英、松井稼、宮本でも控えに回ってしまう。こんな学校はPL学園だけである。

 指導者にとって最も難しい「ゲームに勝って、選手も育成する」を成し遂げた最功労者が1980~98年までの19年間、PL学園の監督として采配を振るった中村 順司だ。「大学や社会人でやるために技を磨くというのはあったのかもしれないけど、最終的には上(プロ)でやるんだろう、と。精神的な面も鍛えたつもりです」

 これは以前、私が進行役を担当した企画で、高嶋 仁・智辯和歌山監督との対談で語られた言葉で、ここにPL学園の特徴がよく表れている。プロをめざし、それがダメだったら大学、社会人野球で名を上げる、そういうモチベーションが各年代に浸透していたのである。

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最終更新:1/11(土) 20:44
高校野球ドットコム

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