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「みんなで一緒に参加したかった」 大川小、震災当時の5年生が成人式

1/12(日) 21:13配信

毎日新聞

 東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県石巻市で12日、成人式があった。児童74人が津波の犠牲になった市立大川小の当時の5年生たちも、亡き友らへの惜別と新成人としての決意を胸に、「みんなが生きていたことを伝えていく」と晴れの日を迎えた。【百武信幸】

 ◇「大川小にみんなが生きていたことを伝えていく」

 市中心部の石巻地区の式に出席した大学2年、只野哲也さん(20)はこの日、スーツの胸ポケットに2枚の写真を忍ばせた。1枚は震災で亡くなった母と妹、祖父らとの家族写真。もう1枚は震災前、同小の同級生と納まった集合写真。「みんなで一緒に参加したかった」。式典で黙とうをささげた。

 当時の5年生15人のうち、助かったのは9人。学校にいて生き延びた5年生は、津波に流されながら裏山の斜面にたどり着いた只野さんら2人だけだった。転校などもあり、一緒に小学校を卒業したのは7人で、中学進学以降は離れ離れになった。只野さんは市の内陸部に引っ越し、同級生同士で顔を合わせるのは3月11日ぐらいだ。

 「今の自分は亡くなったみんなに見せたい姿だろうか」。震災後は「奇跡の少年」として多くのメディア取材を受け、語り部活動も続けてきた。大学では機械知能工学を学ぶが、只野さんの心には今、迷いがある。「大学の勉強も追いつくのがやっとで。みんなに合わせる顔ねえなって」

 「亡くなったみんなが生きられなかった時間を生きている」という自覚を胸に、「大川小にみんなが生きていたことを伝えていく」と力を込めた。

 ◇「あいつら生きてたらどうしてたかな」

 大川小の地元である河北地区の成人式に出席した他の卒業生4人は、再会に笑顔を見せた。東京の大学に通う木村真博さん(20)は、所属するダンスサークルで夜更けまで汗を流した帰り、ふと亡くなった同級生らを思い出す。「あいつら生きてたらどうしてたかな」。多くの友を失う経験をしたが「『あいつらの分も』とは思わず、気負わずやっていく」と前を見据えた。

 仙台市の大学で福祉を学ぶ狩野仁英さん(20)は「彼らの分というわけじゃないが、ちゃんと生きなきゃな」と胸に誓う。

 同市の大学2年、佐藤陸さん(20)にとって、同級生たちは心の中にいて、あえて意識はしないという。「自分が行きたい道に進んで『こうなったよ』と見せられたら」

 高橋幸平さん(20)はJR東日本の社員として県内で働く。「成人となり今まで以上に行動に責任が伴う」と気を引き締める。震災の記憶は胸から消えないが、「人生の中であれだけひどいことはないはずで、どんなことがあっても、何とかやっていけると思える」という。亡き友へ「元気にしている姿を見せたい」と誓った。

 ◇大川小の津波被害

 東日本大震災があった2011年3月11日、宮城県石巻市の北上川から約200メートルの大川小周辺に津波が押し寄せ、在籍していた児童108人のうち70人が死亡、4人は現在も行方不明で教職員10人も亡くなった。18年3月に閉校し、被災した旧校舎は震災遺構として保存される。児童23人の遺族が約23億円の賠償を求めた訴訟で、最高裁は昨年10月、市と県の上告を棄却する決定を出し、市と県に約14億円の賠償を命じた仙台高裁判決が確定した。

最終更新:1/12(日) 22:42
毎日新聞

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