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「私は巨人しか知りません」歴史的日本一で思い返す王さんの言葉

1/14(火) 12:11配信

西日本スポーツ

 ダイエー王監督誕生秘話 前編

 令和元年のプロ野球は福岡ソフトバンクが巨人との日本シリーズを制した。3年連続の日本一を達成したた翌日、元球団代表の瀬戸山隆三(66)のもとにメールが届いた。球団会長の王貞治(79)からだった。「巨人に勝っての日本一。念願がかないました。工藤(公康)監督は最高の戦いをしてくれました」―。瀬戸山は王が前身の福岡ダイエー監督だった2000年に巨人に敗れた「ONシリーズ」を知る。歓喜に満ちあふれた文面を読み返しながら、「世界の王」をホークスの監督就任に向けて口説き続けた昔日に思いをはせた。(取材・構成=西口憲一、文中敬称略)

【写真】ダイエー王監督はここで生まれた 球団代表が口説いた老舗レストラン

 巨人を4連勝で圧倒した直後の祝勝会で、王は「時よ止まれ!」と喜びをあらわにしたという。19年前の日本シリーズは当時監督の長嶋茂雄(現終身名誉監督)率いる古巣巨人に苦杯をなめた。敵地で2連勝しながら、4連敗で決着。以後、頂上決戦での雪辱の機会はなかなか巡ってこず、ともに立場も変わったため、2度目の「ONシリーズ」は実現しなかった。

 瀬戸山 今回日本シリーズで勝った日の夜に「おめでとうございます。私は会長をいの一番に胴上げしています。さらなるご活躍を」とお祝いのメールを打ちました。翌日にいただいたメールには「念願がかないました」とありました。工藤監督はもちろんですが、19年前に誰よりも悔しい思いをされた王さんを東京ドームのグラウンドで胴上げしていただきたかった。せめてもと思い、心の中で胴上げさせていただきました。

 1994年2月。当時ダイエーの球団代表だった瀬戸山は東京・有楽町の老舗フレンチで緊張の極みにいた。壁に飾られた「シャガール」の絵画も極上のディナーも目に入ってこなかった。88年秋に巨人監督を退いていた王との2人きりの会食。「大変ありがたいお話ですが、私は巨人しか知りません。セ・リーグの野球しか知らないんです。東京育ちで福岡は遠すぎます。家内のこともありますから」。ダイエーの監督として福岡に招聘(しょうへい)する重大な任務を担った瀬戸山の懸命の要請にも、王は乗ってこなかった。

 その1カ月前、瀬戸山は王と初めて会った。場所は同じ有楽町のフレンチの店。そこには93年から監督としてダイエーを率いた根本陸夫(故人)もいた。「球界の寝業師」と言われた根本は70年代中盤から隆盛を誇った広島の基礎を固め、80~90年代の西武常勝期を築いたチームづくりの名手でもあった。王と長嶋は巨人の黄金期を築いた「ON」と呼ばれる。根本は王ホークスを誕生させ、長嶋巨人との日本シリーズで球界を盛り上げる壮大な構想を持っていた。

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最終更新:1/14(火) 12:11
西日本スポーツ

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