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【Wリーグ・マネージャーの履歴書#1】令和初の皇后杯覇者となったJX-ENEOSサンフラワーズ

1/14(火) 11:37配信

バスケットボールキング

 コート上で戦う選手たちを支え、スタッフのサポートや取材対応も行うWリーグのマネージャーたち。普段、表に出る機会は少ないが、チームの勝利のために日々奮闘している彼女たちに、マネージャーになるに至った経緯や心得などを聞く新企画。

 第1回は、Wリーグで11連覇中、皇后杯では見事7連覇を達成したJX-ENEOSサンフラワーズから山﨑舞子と小松佳緒里の2人が登場。選手としてのキャリアも豊富な2人がマネージャーになったいきさつとは何だったのだろうか。

山﨑舞子総括マネージャー

高校では全国大会を経験も卒業後にマネージャーへ

 試合会場で響きわたる山﨑の声は女子バスケットファンには周知のところ。160㎝という身長からは想像も付かないほどのパワーを発する彼女だが、バスケットを始めたのは小学校3年生の時。「通っていた小学校のチームで部員が足りなくて、大会期間だけでもいいからバスケット部に入ってほしいと言われた」ことがキッカケとなった。

 そして何も分からないまま入部した1週間後には試合に出場。しかし、「試合中、コーチが私に『そこに入るな』ってずっと言ってるんですよ。『何のこと?』と思っていたら、審判が『3秒!』って。最初はそんな感じでした」と当時を振り返る。

 もともと、水泳や習字、そろばんなど習い事は多かった小学生だったのだが、山﨑がバスケットにのめり込んだのは、その後、転校先のチームが強豪だったことが大きく影響している。九州大会に出場するようなチームの中で力を付けると、中学ではジュニアオールスターの鹿児島県代表に選ばるほどまでに。「中学1年生でジュニアオールスターのメンバーに選ばれたのは私だけだったんです。だから当時は同じ学年の中では『私が鹿児島で一番だ』と思っていましたね(笑)でも、井の中の蛙。高校で天狗になっていた鼻を折られました」と本人は笑う。

 しかし、その言葉とは裏腹に、入学した神村学園高校でも主軸を担い活躍。選手としてインターハイやウインターカップ出場を果たした。

 その山﨑が高校卒業後にマネージャーに転向したのは神村学園の進藤一哉コーチから、ちょうど欠員のあったJX-ENEOSサンフラワーズのマネージャーを勧められたから。

「ケガをしていた高校2年生の時にマネージャーとして国体に連れて行ってもらって、そこでマネージャー業を経験したというのもあったし、先輩も含めて大学でバスケットを続ける人あまりいなかったんです。だから私の中で大学で続けるという考えがなく、高校卒業後もプレーを続けることに未練はありませんでした」と山﨑はその時の心境を語る。

 そしてJX-ENEOSに入団し本格的にマネージャーへ。だが、「全然ダメ。気を利かせることができなくて、先輩たちには迷惑を掛けたと思います」と最初はうまくいかないことばかりだったようだ。

 それでも、3年目にはマネージャーの仕事に慣れてきたと感じるように。キッカケはその年、アシスタントコーチが急遽チームから離れたことで山﨑の仕事量が増え、それを無我夢中ながらもこなしていたら、その後は「余裕ができた」という。

 すっかりチームの顔としてマネージャー業も板に付いた9年目からは4年間、日本代表のマネージャーも兼務。日本女子の躍進を支え、2016年にはリオデジャネイロ・オリンピックにも出場し、チームのベスト8進出に貢献した。

マネージャーに必要なのはバスケットが好きなことと先を見る力
 山﨑は、現在のWリーグのチームの中で一番キャリアが長いマネージャーだ。そんな彼女に全国で頑張っている中学、高校、大学生マネージャーたちにアドバイスを聞くと、こんな答えが返ってきた。
「まずはバスケットボールが好きであることが一番。それに加えて、先を見る力があるといいと思います。仕事を頼まれた時に頼んだ人が『そこまでやってくれたんだ、ありがとう』というぐらい2つ、3つ先のことまでやることは、私も心掛けています」

 山﨑自身、モットーとしているのは現在の横浜ビーコルセアーズのヘッドコーチであり、かつてJX-ENEOSのアソシエイトコーチを務めていたトム・ウィスマンからの『If you think you can,If you think you can't ,either way you are right.』という言葉。
 
 入団1年目、ウィスマンを車で送り迎えしていた時に話した言葉で、「些細なことだったんです。私が大きい車を運転するのは苦手だから小さい車がいいというようなことを話した時、『何事もやればできるよ。できないと思ったらできないんだよ』と言われて。まだ18歳だったし、当時の私にはとても響きましたね」と言う。

「JX-ENEOSは勝たないといけないチーム。その極限状態の中でみんな頑張っているので、そういった選手たちが進むべき道を示したい。今では親みたいな感じですよ」と、常にエネルギッシュに仕事をこなす山﨑。今シーズンも後半戦に突入したが、選手を鼓舞するその声は、2020年もまたどこかの会場で響き渡っているだろう。

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最終更新:1/15(水) 11:13
バスケットボールキング

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