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85歳以上の4割なのに「困った病気」 患者尊重した社会、いまだ確立せず【認知症とおつきあい】(1)/兵庫・丹波篠山市

1/15(水) 8:04配信

丹波新聞

 65歳以上の認知症有病者は7人に1人。最期の日までは誰もが一生懸命生きている仲間として、悩みや苦しみを一緒に考える社会でありたい。

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 「認知症」今は当たり前の様に使われている言葉だが、以前は「痴呆(ちほう)症」や「呆(ぼ)け」と呼ばれていた。どちらも人を侮蔑(ぶじょく)する言葉だとして国を挙げて呼び名を変えたのが2005年だった。

 それ以前の1970年代には「恍惚(こうこつ)の人」という認知症の舅(しゅうと)の介護に苦労する嫁の物語が書籍や映画で話題になった。

 あれから40年以上経過し、認知症の人が珍しい存在ではなくなった。厚生労働省によれば、65歳以上の認知症有病者は7人に1人とされている。85歳以上になれば40%以上の人が認知症と言われる時代なのに、なりたくない病気の代表という人は多い。

 自分がなっても介護する側になっても「困った病気」だと思う気持ちが強いのはなぜだろう。徘徊(はいかい)するから? 家族のことも忘れてしまうのは悲しいから? 完治が難しい病気は他にもたくさんあるのに嫌がられてしまうのは、病気になったその人を尊重した医療や介護や社会の関わりが、まだまだ確立されていると言い難いからかもしれない。

 認知症であってもすぐに施設に入ることが必要な人ばかりではない。本人も認知症だと診断されたら、住み慣れた家や家族と離れて知らない環境で暮らすことを強いられるなら、診断を受けることは嫌なことでしかない。

 人口問題とも絡み、介護施設やスタッフの不足も課題だ。このような社会の中で、認知症の人と家族が穏やかに生きていく方法を見つけることの厳しさを感じることもある。

 しかし、誰も家族を困らせたくないし、住み慣れた家で地域で暮らしていきたい。それが実現できる社会になれば認知症の不安が軽減できる。今の社会はまだ認知症を受け容れる発展途上だ。みんないずれは老いていく。最期の日までは誰もが一生懸命生きている仲間だと思いたい。一人で苦しまず、抱えこまず、一緒に考える社会でありたい。

 寺本秀代(てらもと・ひでよ) 精神保健福祉士、兵庫県丹波篠山市もの忘れ相談センター嘱託職員。丹波認知症疾患医療センターに約20年間勤務。同センターでは2000人以上から相談を受けてきた。

最終更新:1/15(水) 8:04
丹波新聞

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