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地元紙が語る“震災報道の意義” 「伝え続けたい」遺族の言葉と思い...神戸新聞記者に密着

1/15(水) 17:57配信

MBSニュース

阪神・淡路大震災で本社が全壊し、社員たちも被災した神戸新聞。災害・防災担当の専従チーム3人の記者たちが思う「震災報道の意義」を取材しました。

神戸新聞の記者が長野の被災地に

去年10月の台風19号で大きな被害を受けた長野市の千曲川流域。大量の土砂が流れ込んだ住宅地に、神戸新聞の竹本拓也記者(35)の姿がありました。

(竹本記者)「一番気になることはなんですか?」
(被災者)「お金、自分の体、それだけだ。」

災害現場では何が起きているのか、被災者が今、最も困っていることはなにか。日本のどこで起きた災害でも自分たちのこととして捉える…。25年前の“あの日”から神戸新聞の報道姿勢は変わりました。

本社全壊の大震災から25年…記者として当時を知る人も少なく

1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災。神戸の中心地、三宮駅前にあった本社ビルは全壊し、社員の中には家族を亡くしたり家を失ったりした人たちもいました。

そんな中、京都新聞の支援を受け、地震の当日から新聞を発行し続けました。しかし今、竹本記者は、地元・兵庫県内でも当時の記憶が薄れ、災害への備えや防災意識が低下してきているのではと感じています。

「(全国の災害を)いかに身近にとらえてもらえるかを、地方メディアなんですけど現地に行って考えようという思いがあります。向こうの人たちの声を兵庫県に届けることで、『次、私たちもこういうことがあるかもしれない』と思っていただけることが1つ大きな役目かなと。」(神戸新聞社 竹本拓也記者)

神戸新聞社でも約260人の編集局社員のうち7割以上が地震の後の入社で、記者として当時を知る人も少なくなってきています。

震災25年の連載記事に取り組む「災害防災チーム」

去年、竹本記者ら神戸新聞の「災害防災チーム」の3人は、阪神・淡路大震災25年の連載記事のために兵庫県立大学大学院・減災復興政策研究科の室崎益輝科長から話を聞きました。

(室崎科長)「伝えることの重要性みたいなね…」
(記者)「東北は(震災)遺構が残っていますよね。」
(室崎科長)「一番大きい違いは、復興のスピードですよ。」
(記者)「東北の方が時間がかかっている?」
(室崎科長)「時間がかかっているから遺構がちゃんと残っていく。阪神はあっと言う間に遺構となるべきものを壊してしまって、スピードを優先したので。」

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最終更新:1/18(土) 9:48
MBSニュース

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