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10人のデータ班で分析 変貌遂げる京大野球部

1/15(水) 11:00配信

日刊スポーツ

<京大野球部に刮目せよ(1)>

京大野球部が大きく変わろうとしている。昨秋の関西学生野球リーグでは1982年(昭57)の同連盟発足以来初のシーズン5勝、00年以来の勝ち点2を挙げて38季ぶりに最下位を脱出。初の4位に躍進し、年間7勝も同大史上初だった。東大と並ぶ国立名門大学野球部が挑戦を続ける姿に迫った。

【写真】京大のデータ班長を務める和田

昨秋、関西に京大旋風が吹き荒れた。夏のオープン戦は30試合で28敗2分け。秋のリーグも開幕から5連敗するなど定位置スタートだった。だが9月22日、V候補の近大に完封勝利し、一気に流れが変わった。

続く関学大に2勝1敗と勝ち越し、14年秋以来の勝ち点1を奪うと、同大にも連勝。00年秋以来の勝ち点2を挙げた。青木孝守監督(65)は「まさか2つも」と驚いた。

創部は東大よりも古い1898年(明31)。優勝も34年秋、39年秋と2度あるが、82年に発足した現在のリーグでは、今回の4位が過去最高だ。

スポーツ推薦はない。学校からの補助金もない。京都市左京区にある吉田キャンパスの練習場は狭い土のグラウンド。雨が降れば練習は中止になる。もちろん入試は超難関。授業や実験などが重なれば普段の練習だけでなく、昨秋のリーグ戦でもメンバーがそろわない日もあった。だが青木監督は「戦う以上、僕らはハンディを背負っているとは思っていない」とさらり。「私学との差を埋めるなら理論的裏付けがいる」とし、環境面や選手の技術格差に“京大の頭脳”で立ち向かっている。

昨春12試合で22得点だった打線はこの秋、同40得点とアップした。その要因として、青木監督の戦略変更も大きかった。京大野球部OBでもある指揮官が重視したのは、OPS(出塁率と長打率を足し合わせた値)だ。「秋はOPSを徹底的に管理した。今までは打率を見て打順を組んでいたが、OPSで組んだら合理的だった」。OPSの高い順に1番から4人並べるとつながり、得点力がほぼ倍増した。

データ班の奮闘も欠かせない。試合前のベンチに相手投手の球種などが書かれた紙を張り出し、各自が有効活用して結果につなげた。青木監督は「うちのデータ班は優秀。データがある方が有利」と大きな戦力として信頼を置いている。

春に向け7人だったデータ班が10人に増員された。班長の和田直也外野手(3年=四日市)は「相手投手の分析。球種やコースの割合を、エクセルに数字を足していきます」。紙のチャート表から打ち込んで傾向を探る。和田は代打で秋のリーグ戦に出場。「代打は一発勝負。カウント別の球種では、自分たちで作ったデータでも自信を持って待てなかった」と痛感し、新しいシステムを開発中だ。

例えば3ボール2ストライクからの球種の割合。これまでは直球60%、カーブ10%などと記されていたが、新システムではカウントの流れも把握できる。3ボール0ストライクからフルカウントになった場合、0ボール2ストライクからフルカウントになった場合など、各割合が一目瞭然だ。

開発しているのはベンチャー企業を興した工学部の学生。和田は「友人価格で5~10万円でやってくれました。画期的なものになると思います」と目を輝かせる。青木監督も「安くても販売すればいい。学生が自前で稼いでチームを強くするのは米国でもやっている」と補強費につなげる考えも明かした。

もちろんデータ充実だけで4位にはなれない。2番手投手の原健登(3年=彦根東)が、元ロッテ田中英祐に並ぶ3勝を挙げる成長も大きかった。そこには元プロの助言があった。(つづく)

【石橋隆雄】

◆京大野球部 創部は学校創立翌年の1898年(明31)。31年から関西6大学連盟入りし34年秋、39年秋に優勝。62年から関西大学野球連合となり、同年秋に入れ替え戦で大商大に敗れ、下部組織の京滋大学野球連盟へ。82年から現在の関西学生連盟に所属。12年春には60連敗を記録した。14年ドラフト2位で田中英祐投手がロッテに指名され、京大初のプロが誕生。帽子などの「DB」ロゴは京大体育会カラーの「ダークブルー」にちなむ。15年春から青木孝守監督(65)が指揮を執る。

最終更新:1/16(木) 23:29
日刊スポーツ

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