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昭和から令和まで…時代を貫く明大の「人間力野球」 田中武宏監督の胸には今も”島岡イズム”

1/16(木) 19:00配信

中日スポーツ

 令和の時代も、明大の「人間力野球」は変わらない。野球殿堂入りの御大こと故島岡吉郎元監督が築いた伝統だ。1月に就任した田中武宏監督は「監督が代わっても、人間力野球を前面に押し出すことに変わりはない。人間力とは不思議な力」と継承を強調した。

 星野仙一さんが、島岡さんの胸像に手を合わせて「怖かったぞ」とつぶやいたのを見たことがある。それほど怖い。試合に負けた夜、グラウンドの神様に土下座したのはあまりにも有名。体罰禁止のいまなら即アウトの話も枚挙にいとまがないが、そんな厳しい環境が土壇場で発揮される胆力を培った。田中監督も言う。「理不尽なことだらけ。授業がないとずっと練習。言い方は悪いが、野球鑑別所のようでイヤでイヤで仕方がなかったが、卒業して御大のすごさが分かった。この人のおかげ。耐え切ったから今の自分がある」

 兵庫の県立高出身の田中監督はまさしくたたきあげだ。「島岡監督は無名の選手も使っているので明治に行こうと決めた。受けられる学部は全部受けました」。一般受験で文学部に入り、守備と走力を買われてベンチ入りした。エリート選手が挫折していく中で歯を食いしばって3年春に外野のレギュラーをつかんだ。卒業後は日産自動車でプレーし、都市対抗、日本選手権の優勝も経験。プロに行けるチャンスもあった。「あとで、御大から、プロのスカウトが来たから、余計なことすんじゃないと断っておいたぞと言われた。ありがとうございますとしか言えませんでした」。笑って振り返る。

 日産に勤務しながら、1年後輩の善波達也監督を助けて9年間コーチをした。金曜日の夜、仕事が終わると新幹線に飛び乗って上京。土、日曜日のリーグ戦でベンチ入りした。「3回戦が決まるとベンチ裏で、すみませんと会社に電話してました。月曜日も休ませてくれた理解ある会社に感謝です」。勇退した善波監督に後継を託され、定年まで2年を残して退社した。「今の子たちに自分たちのころと同じことをやったらとんでもないことになるので、その手前で止めておきます」。便所掃除は4年生などは残しつつ、新時代に合わせていく人間力野球が楽しみだ。

最終更新:1/16(木) 19:06
中日スポーツ

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