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湾岸戦争で艦砲斉射 「ミズーリ」などWW2世代アイオワ級戦艦 1980年代現役復帰のワケ

1/17(金) 6:07配信

乗りものニュース

アイオワ級戦艦 就役から半世紀後に「トマホーク」発射

 2020年は新春早々、イランを中心とした国際的緊張や、カルロス・ゴーン被告が無断でレバノンに出国するなど、立て続けに中東地域の話題がクローズアップされています。1991(平成3)年も新春早々、同様にこの中東地域が大きく注目されました。1月17日に起きた湾岸戦争です。

【写真】「トマホーク」を発射する戦艦「ミズーリ」

「湾岸戦争」は、クウェートに侵攻したイラクに向けて、アメリカを中心とした多国籍軍が空爆をしたことで始まりましたが、このとき注目されたのが、自律飛行して目標物を破壊する巡行ミサイルです。

 実はこのミサイルを、日本の旧海軍が建造した戦艦「大和」と同じく、第2次世界大戦中に運用されていたアメリカ海軍のアイオワ級戦艦が発射していました。もちろん改修されていたとはいえ、この時点で骨董品のような艦です。なぜこの時代にアイオワ級戦艦が最前線へ投入されたのでしょうか。

 アメリカ海軍の「アイオワ級戦艦」は、日本海軍がワシントン海軍軍縮条約を脱退後に新型戦艦(大和型)を建造しているという情報を受け、それに対抗すべく計画された戦艦で、第2次世界大戦中の1943(昭和18)年から1944(昭和19)年にかけて「アイオワ」「ニュージャージー」「ミズーリ」「ウィスコンシン」の4隻が就役しました。アメリカ海軍としても「戦艦」という艦種においては現状、最後に建造した艦船です。

 ミリタリー誌などでは大和型と性能が比較されることがあるのですが、どの比較でもおおむね、空母に随伴できる速力に関しては、大和型にはない性能として評価されています。ほかに特徴的な点をあげるとすれば、アメリカ海軍で運用するという関係上、大西洋と太平洋どちらでも活動できるようにと、パナマ運河を通れる全長、全幅になっているところでしょうか。

長い期間を隠居のように過ごしレーガン政権で転機が

 運用面からアイオワ級を眺めると、元々、空母艦隊や揚陸艦隊への随伴も念頭に置かれており、それまでの大艦巨砲主義から一部脱却した戦艦でもあります。おかげで戦艦中心の艦隊編成でなくなった時代の、速力の高い艦船にも随伴することができました。

 時代の変化により、艦隊決戦の可能性はほぼなくなったものの、地上への艦砲射撃による面制圧力に関しては依然として高く評価されており、第2次世界大戦終結後は世界唯一の戦艦級として、「朝鮮戦争」や「ベトナム戦争」にも参加し、沿岸施設などへの艦砲射撃を行っています。

 ですが、その巨体を維持する費用は無視できませんでした。1992(平成4)年に最後の1隻となった「ミズーリ」が退役するまで、戦争のない平時におけるアイオワ級戦艦4隻は、ほとんどの期間を予備役として、「モスボール」という運用可能な最低限の整備を施されて過ごしていました。

 第2次世界大戦の終戦直後からすでに、アメリカ海軍ではアイオワ級戦艦の活用法に困っていたそうで、ミサイル艦化構想のほか、垂直離着陸機やヘリコプターを搭載した、まるで旧日本海軍の戦艦「伊勢」「日向」のような航空戦艦構想まであったそうですが、いずれも実現していません。

 この、ほぼ隠居のような扱いに変化が訪れたのが、1980年代のロナルド・レーガン政権時代です。同政権ではソビエト連邦および東側陣営に対して強硬な態度を取っており、海軍でもソ連に対抗するべく「600隻艦隊構想」という軍備計画が立ち上がります。この計画はアメリカ海軍の保有艦を600隻にするというものですが、そのなかにアイオワ級の、戦艦としての完全復帰も計画されていました。

 こうして構想に従い、4隻のアイオワ級にはトマホーク巡航ミサイルやハープーン対艦ミサイルの発射機を取り付ける、近代化改修が行われました。

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最終更新:1/17(金) 21:01
乗りものニュース

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