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“急死”高木守道さんといえば正確で美しい『バックトス』 相棒が回顧する“すさまじい”練習量

1/17(金) 21:39配信

中日スポーツ

 現役時代は中日の名二塁手として活躍し「ミスタードラゴンズ」と称された中日元監督の高木守道さんが17日、急性心不全のため名古屋市内で死去した。78歳だった。葬儀は家族葬で営まれる。

【写真】周平も高木監督に鍛えられた

 高木さんの代名詞といえば『バックトス』。手のひらを上ではなく、遊撃手に向けたままバックハンドでトスするこのプレーは、早く、華麗だが難しい。二塁手にとって最大の見せ場である。日本では草分けと言っていい名人芸を、高木さんは入団3年目の1962年に覚えた。教えを請うたのはこの年に南海から移籍してきた日系2世のカールトン半田(半田春夫)。アメリカ仕込みの技に飛び付いた。

 長らく二遊間コンビを組み、恐らく「最も多くのバックトスを受けた男」であろう一枝修平さんは、習得するまでのすさまじい練習をこう語る。

 「ひと言もしゃべらずに、むちゃくちゃな数を、しかも丁寧に時間をかけてこなしてたなあ」

 壁にボールを投げ、捕り、バックトス。二塁ベースを想定した位置には打撃練習用のネットを置いた。黙々と、延々と続いた孤独な鍛錬。バックトスをたまたま失敗した試合後、名将の水原茂監督から「二度とやるな」と叱責(しっせき)された。しかし、高木さんはその翌日も壁当てをやり、試合では寸分の狂いもなくバックトスを決めたという。高木さんは守備に正確さだけではなく、美しさを追求する人だった。

最終更新:1/17(金) 22:40
中日スポーツ

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