ここから本文です

新安保60年~変わりつつある世界におけるグローバリゼーション

1/19(日) 11:10配信

ニッポン放送

ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」(1月17日放送)に外交評論家・キヤノングローバル戦略研究所研究主幹の宮家邦彦が出演。19日で60年を迎える日米安保について解説した。

60年を迎える日米安保

1960年に岸内閣で交わされた、いわゆる新安保が19日で60年を迎える。60年のアメリカと日本の関係、そして60年安保とは何だったのか、この先、世界はどう動いて行くのか。

宮家)60年を前半と後半で分けると、中間点の30年前と言えば1990年です。その年の1月19日に私は北米局の安保課にいましたから、ささやかなお祝いをした覚えがあります。そのころは新安保と言われた1960年の安保闘争の時代を引きずっていて、日本でできることも限られていたし、依存度が高かった。

飯田)アメリカへの依存度。

宮家)ところが1990年8月2日に、サダム・フセインがクウェートに侵攻し、1991年1月に湾岸戦争が始まるわけです。その後、日本がやっと130億ドルを出したら「too little, too late…少なすぎる、遅すぎる」と言われた。最初の30年間は、日本が対外的に安全保障について、自分で何もできない状況があった。その後1991年には国連平和協力法案を出した。国連と平和と協力だから、国会は通るだろうと思ったら通らなかった。次にPKO法ができ上がり、更には周辺事態法があって、これが1999年でした。そしてつい最近の平和安全法制。ここで、ようやく日本も1人前とまでは行きませんが、安全保障に関するいろいろな国家としての法整備が進んだのだと思います。30年前と比べても、後半の30年は大きく変わって行った時期だと、振り返ってみると思いますね。

飯田)ちょうど30年の節目というのが、冷戦が終わるところとも被っている。

宮家)そうなのですよ。当然、冷戦が終われば構造が変わります。冷戦というのは安定した事態ですからね。ソ連とアメリカという横綱がガッチリと組んでいるような状況ですから、めったに動かないわけです。

飯田)土俵中央で。

宮家)しかしそれが終わってしまったら、ちびっこ相撲のようにあっちへ行ったり、こっちへ行ったり、という混乱が始まってしまった。いままでのように、横綱にすべてお任せというわけには行かない。そういう時代が来て、30年経ったということなのでしょう。日本の安全保障政策はそれなりに進化して来たとは思いますが、まだまだ不十分です。

1/3ページ

最終更新:1/21(火) 13:30
ニッポン放送

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事