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B面として記す中曽根氏(1月19日)

1/19(日) 9:24配信

福島民報

 中曽根康弘元首相が昨年十一月二十九日、死去した。百一歳の大往生である。評伝や評価は新聞や雑誌に多数掲載された。これらをレコードで言えばA面だとして、担当記者として見たB面的な中曽根氏を記してみたい。

 長寿を全うした背景には「酒とたばこ」がある。担当を離れていた時期でもメディア各社の記者とともに懇談する機会が多かった。あるときウイスキーの水割りが出された。すると、グラスの中に人さし指と中指を突っ込んで氷をかき出しはじめた。

 「どうしたんですか」と尋ねると「腹を冷やすのが体に一番よくないんだよ」。以後、中曽根氏の水割りはいつも氷抜きとなった。

 深酒は決してしなかった。特に首相の五年間は「自衛隊の最高指揮官だから」と、不測の事態が起こる場合に備えていた。中曽根氏の後に酒乱ぎみの首相もいたが、緊張感、心構えが全く違っていた。

 たばこは極端に嫌った。「朝駆け」(朝自宅に取材に訪れること)の際は、先着二人までが同乗して話を聞くことができた。「ハコ乗り」と称していた。

 あるとき同乗した某新聞社の記者が車内でたばこに火をつけた。中曽根氏は運転手に車を止めさせ、くだんの記者に「降りてください」と命じた。厳しい口調が示したように、たばこの煙とにおいに我慢できなかった。

 それほど健康に気づかっていた。碁、将棋はやらずマージャンなど賭け事には一切手を出さなかった。関心がなかったのだろう。女性との「浮いた話」もなかった。興味は政治だけだった。

 読書はよくしていた。読んで面白く参考になる本に出合うと記者に配ったりした。「勉強しなさい」という意味だったと思う。いまでも蔵書の中に「謹呈 中曽根」というサイン入りの本が何冊かある。

 安倍晋三氏はじめ近年の首相は読書をしていないのではないか。書店に立ち寄ることもないし、本を購入したという話も聞かない。だからだろう。含蓄ある言葉や発言は出てこないし、政治哲学も感じられない。政治リーダーがここまで「小型化」したのか、と痛感する。

 中曽根氏は「大統領的首相」を公言し、安倍首相の「官邸主導」の源流を作ったといわれる。だが、その前提として、中曽根氏は異論をよく聞いた。

 中曽根氏が住んでいた首相公邸に夜、実力政治家がひそかに訪れていた。新聞の「首相動静」には載らない。意見を言うためであった。有益な話を聞くと、常用の赤い手帳にメモするのが常だった。

 他派閥から起用した官房長官の後藤田正晴氏を重用した。後藤田氏は時には中曽根氏のいさめ役を果たしていた。イエスマンの同類議員と忖度[そんたく]する官僚ばかりを官邸に集めた安倍体制とは、根本的に違っていた。(国分俊英、元共同通信社編集局長、本宮市出身)

最終更新:1/19(日) 9:24
福島民報

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