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「幼い親」として生きるということ…「たまたま訪れた幸運」ミンジ夫婦の自立記

1/19(日) 8:36配信

ハンギョレ新聞

[青少年父母に関する初の実態報告書](下) 親の支援と住居安定を土台に「今日とは違う未来を夢見て」 「子どもが子どもを生むなんて」偏見ではなく養育費・住居「個別化支援」を 

 イ・スヨン(仮名、19)とキム・ミンジ(仮名、20)の2020年は特別だ。同世代の青少年たちが大学に入る時、二人は親になることを決心した。交際して1年足らずの青少年カップルに子どもができた時、周りの反応は一貫していた。「子どもが子どもを生むなんて」。しかしスヨンは意に介さなかった。うれしくて率先してミンジを説得した。「俺たちは若いから、より多くの時間を子どもと過ごせるじゃないか。家庭を築いて、育てよう」。

 他の青少年父母と同様、順調な過程ではなかった。まずミンジがスヨンと考え方が違った。美しい財団と韓国未婚の母支援ネットワークが青少年父母315人を対象に調査を実施しまとめた『青少年父母実態調査研究報告書』にあるように、ミンジも経済的な困難、住居の不安、家族や社会の偏見という「三重苦」が怖かった。経済力の形成されていない者が子どもを生めばどのような結果が待っているのか、ミンジはよく知っていた。近しい人が一人で子どもを育て、崖っぷちに追い込まれ、自殺を試みたこともあったからだ。しかも「幼い父母」に対する韓国社会の態度が露骨に敵対的であることもミンジはよく分かっている。特に「幼い母親」にとってはより苛酷だ。他の青少年父母と同じように家族の反応も怖かった。ミンジは家族と事実上連絡が途絶え、一人で生計を立てていたが、スヨンには両親と兄弟、祖父母がいる。スヨンのことが好きなのと子どもを育てるのとでは問題が全く違う。「若いから社会的な視線も心配で、私が本当にうまくやれるか自信がなかったんです」。

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手当たり次第に働いて家長になる準備したけれど…
 幸い、二人は三重苦のうち2つの「苦」については運が良かった。まず、スヨンの両親がスヨンとミンジに子どもができたと聞いて、「絶対に中絶するな」と言ってくれた。兄弟も「お前のせいでおじさんになった」とぼやきながらも、喜んで祝ってくれた。祖父母は「盆正月には赤ちゃんと一緒に来い」と歓迎してくれた。家族は苦しい状況にもかかわらず、妊婦に良い食べ物を持ってきてくれたり、生活用品をくれたりして、若い父母を応援した。

 彼らには住居の不安を解消する脱出口もあった。『青少年父母実態調査研究報告書』によると、青少年父母の51.1%(161人)は現在、月払い家賃の借家で暮らしている。しかし10代の時から家族と断絶しているミンジは、20歳になってLH伝貰賃貸住宅(LHは韓国土地住宅公社。伝貰(チョンセ)は一定金額を保証金として家主に預け、月々の家賃のない賃貸方式)への応募資格を得た。広さ7坪(23平方メートル)の住居は、狭いがやっとのことで生計を維持する二人を家賃の心配から解放してくれた。「住居問題が解決したのは幸いでした。経済的に苦しいのに3~40万ウォン(約2万8400~3万7900円)も家賃を出すとなると厳しいですからね」。スヨンが言った。

 このような状況がミンジの出産の決心を支えた。残るは生計問題。幼い家長になったスヨンは手当たり次第に仕事を探した。「金は俺がどうにか稼ぐから、ミンジには子どもの面倒を見てくれと言いました。私が子どもの頃、共働きの親にかまってもらえなくて寂しかったんですよ。子どもにはそういう思いはさせたくないんです」。スヨンは寄せ場で求人を見つけると仕事を選ばず出向いて体を動かす。ある時は宅配便の荷の上げ降ろしをし、ある時は工場で包装したり自動ドアを組み立てたりした。週末には厨房補助の仕事をした。業種を問わず働くたびに、スヨンの手には、少ない時は日に8万ウォン(約7580円)、多い時は14万ウォン(約1万3300円)の金が入った。

 ただ、寄せ場の仕事は常に不安定だった。多い時は1週間に2、3件もあったが、1週間に1日も仕事がない日も多かった。ひと月の収入はせいぜい50万~60万ウォン(約4万7400~5万6900円)。妊娠後、よく不安を訴えるミンジのそばにいてあげるために仕事に出るのが難しい日も多かった。ミンジのそばにいるのはスヨンだけだった。結局、スヨンもミンジのように基礎生活(生活保護)受給者の申請をした。経済的に厳しいスヨンの両親には扶養能力がないことも認められた。二人は昨年10月から生計給与で生活している。生計給与は国民が生計を維持できる「最低ライン」だ。出産を控えた夫婦の快適な暮らしまで保障するものではない。二人は生活費に合わせて食費さえ削らなければならなかった。

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密着支援で希望を夢見る
 三重苦のほかにも、若い夫婦には一日一日が挑戦の連続だ。7坪ではカビが暇さえあれば立ち上る。二人なら耐えられる空間だが、まもなく生まれる子どものことを考えると心配が先に立つ。「まだ生計給与とアルバイト費で暮らせる」と言いつつも、子どもが生まれれば急激に膨らむ育児用品や病院の費用に耐える自信がない。政府補助金の支給を受けるための複雑な行政手続きを一人で処理するのも一仕事だった。ミンジのお腹が大きくなるにつれ、二人の心配も大きくなっていった。

 だが、スヨン夫婦に再び幸運が訪れた。知人の紹介で、青少年の未自立家庭支援団体であるキングメーカーを知ったのだ。キングメーカーは準備段階の若い親のための密着支援を約束した。昨年12月、スヨンとミンジは7坪の賃貸住宅を離れ、キングメーカーが探してくれた首都圏のある集合住宅に居所を移した。子どもを生み育てるのに不足はないところだった。同団体は、妊婦に必要な物品や衣類も渡した。妊娠時期に合った情報をメッセンジャーで伝え、家計簿をつけるよう経済教育も行った。ミンジは、初めて目の前の心配から解放され、子育てだけに悩むことができるようになった。「育児用品がないと子育てできないじゃないですか。哺乳瓶とおむつだけを考えてたけど、実際に出産しようと思ったらそうではなかったんです。お金はどれもとんでもなくかかるし。『どうしよう』そんなことばかり考えてたんですが、心配が消えました」

 物質的な援助も大きいが、出産を控えて途方に暮れていた若い親たちには、「誰かが私を助けてくれている」という事実自体が大きな力になった。「子育てを助けてくれるということ自体が大きな慰めになりました」。ミンジは彼らが手を差し伸べてくれたことそのものに感謝した。「人が示してくれる気持ちですからね。お先真っ暗だったけど、希望が見えました」。スヨンがミンジの言葉に共感して言った。問題は、彼らに訪れた「幸運」が年間1300人の19歳以下の妊娠女性、1万4600人の24歳以下の妊娠女性(2018年現在)全員には訪れないということだ。ミンジとスヨンの言葉から分かるように、三重苦を緩和してくれる制度的支援と社会的支持があれば、青少年父母は希望を見出すことができる。これこそ、この「幸運」が民間団体の温情にとどまらず、国家という枠組みで制度化されなければならない理由だ。

 ミンジとスヨンはキングメーカーの助けと激励の中で新たな人生を夢見ている。「私は幼い頃から頼れる所がありませんでした。グレて家出をして苦しんでいる青少年たちに手を差し伸べられる人になりたい」。通っていた大学を休んでいるミンジが話すと、スヨンが「カウンセラーになって、苦しんでいる人たちに寄り添って共に悲しんだり、話を聞いてあげたりしたい」と続けた。

 しかしその前にまず二人が夢見ていることがある。お腹の中の子どもを無事に産み、幸せに育てることだ。「私はもう自分のために人生を使うより、残りの人生を家族のために使いたい。自分に対する欲は捨てなきゃと思います」。 19歳、幼な顔の、もうすぐパパになるスヨンの声に迷いはなかった。
カン・ジェグ、ペ・ジヒョン記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

最終更新:1/19(日) 8:36
ハンギョレ新聞

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