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『エレファント・マン』見世物小屋の象男が求める、本当の意味での「人間らしさ」とは

1/23(木) 7:05配信

CINEMORE

産業革命による空前の繁栄

 実在の障害者の半生を描いた秀作『エレファント・マン』(80)は、マイノリティの内なる苦痛と周囲の人間の在り方を問うた作品だ。監督は、『イレイザーヘッド』(77)で一躍名を馳せた、奇才デヴィッド・リンチ。映画は、象男と呼ばれ過酷な運命を歩んだ、ひとりの青年の実話を元にしている。

 物語の背景となる後期ヴィクトリア朝時代のイギリスでは、18世紀半ばの産業革命を機に、依然として工業化を波及させていた。蒸気機関の発明に伴う、機械工業の急速な進展は、農耕の弱化を招き、石炭の燃焼によって大気の汚染が進んだ。大都市ではコレラをはじめとする伝染病が流行し、切り裂きジャックのような猟奇犯罪も大きな問題となっていた。

 作中では、この19世紀末の退廃的なロンドンの様子を、実に幻想的なモノクロフィルムで描き出す。俊秀の撮影者フレディ・フランシスの、見事に計算されたカメラワークは、当時のイギリス文明を極めてリアルに映している。モノクロの映像から俯瞰できるのは、19世紀末イギリスの不況ぶりである。産業革命後期のイギリスは、ドイツ、アメリカなどの新興経済国の台頭によって、不況の道を強いられていた。

 しかし、なおも工業を基礎とした資本主義に邁進し、都市部では農村からの人口流入によって、インフラ整備に遅れが生じるなど、労働環境は劣悪化。健全さは失われた。そのような技術革新と、労働の移り変わりの中で、下層、中層階級らの興味は、見世物小屋に向いていた。奇形の象男=エレファント・マンこと、青年ジョゼフ・ケアリー・メリック(ジョン・ハート)は、各地を巡業する見世物芸人として、非人間的な扱いの中で、国じゅうを渡り歩いていた。

見世物小屋の自立性と、倫理の問題

 いまでこそ、障害のある人が国政に関与するようになり、ようやく就業の選択肢に広がりが見えてきたが、これが19世紀末のイギリスではどうだったか。福祉による補償や就業サポートのない時代、身体障害者にとって、見世物小屋のフリークショーは数少ない雇用の窓口だったわけだ。フリークショーの歴史は長く、古くでは16世紀半ばには、イギリスの大衆娯楽として庶民に根付いていたようである。そして、興行師は、あらゆるフリークス(奇形人間)を、国内外から招集した。例えば結合双生児、小人症、あるいは巨人症であるとか、実にさまざまだ。

 ジョゼフ・メリックの場合は、象のようなザラザラとした皮膚を有し、右腕、両足は、奇妙に肥大している。頭部から右頬にかけて、異常な腫れ物が示され、まさに半人半象である(彼の疾患に関して、近年では、プロテウス症候群とする見方が広がっている)。ジョゼフは興行師バイツ(フレディ・ジョーンズ)に拾われ、見世物芸人として放浪する日々を送っていた。しかし、19世紀末になると、人々の間に人文主義的な倫理観が形成され、次第に、見世物小屋の存在は、醜悪で、下劣で、公序良俗に反するとして、ショーを排斥する動きが強まったのだ。

 健常者、すなわち、人類のマジョリティによる慈善――あるいは偽善か――の名の下によって、見世物小屋のような大衆演芸は瞬く間に衰退していった。健常者の上辺だけの気遣いが、障害者の貴重な自立の場を奪っていった。映画の中の見世物小屋は、極めて劣悪で、卑俗な環境として描かれているが、実際の多くは、安定した収入と自立性が保証されるなど、障害者の独立に一役買っていた面もあった。

 トッド・ブラウニング監督の『フリークス(怪物團)』(32)では、実際の身体障害者が出演しているが、結果として、道義上の理由から論争が巻き起こり、興行的失敗に終わった。これは、ある意味では、障害者にとっては雇用の抹殺とも言える。ブラウニング監督は、あらゆる批判に苦しんだ挙句、映画界から姿を消した。19世紀末から20世紀初頭にかけて、こうした倫理観の啓蒙がはじまったのだ。

 劇中、ロンドン病院の権威ある外科医フレデリック・トリーヴス(アンソニー・ホプキンス)とジョゼフの出会いは、まさにそういうときだった。興行師バイツの小屋にも当局による取り締まりの手が伸び、遂には、小屋に閉鎖命令が下されてしまう。解剖学に造詣の深いトリーヴス医師は、学術的興味に駆られ、雇用を失くしたジョゼフを密かに病院に呼び寄せるのだった。

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最終更新:1/23(木) 7:05
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