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時代遅れのエネルギー憲章条約(ECT) 改正か脱退か検討を

1/24(金) 14:30配信

ニュースソクラ

脱化石に遅れる、EU法との齟齬も大問題

 エネルギー憲章条約(Energy Charter Treaty=ECT)が岐路に立たされている。ECTは化石燃料を中心とする投資促進・保護を目的に結成されたものの、条約発効から20年の月日が経過した現在、国際社会が脱炭素化にエネルギーシフトするなど、時代の要請に応えられていないとの指摘もある。

 にもかかわらず、ECTの近代化は遅々として進まず、組織の存続を危ぶむ声さえ出始めた。事務局運営の拠出金比率で最大のシェアを占める日本は、ECT加盟を継続する意義が問われている。

 ■エネルギーを取り巻く国際環境の変化で形骸化するECT

 ECT(事務局:ブリュッセル)は、エネルギー分野に特化した多国間協定で、長期的なエネルギー投資協力を促進することを主な目的とした法的枠組みだ。ECTが制定された当初の目的は、法的拘束力のある投資保護条項を通じて、東欧および中央アジア諸国のエネルギー部門に対する西側諸国からの投資を促進することだった。

 1990年代後半の欧州ではとりわけ、旧ソ連地域にある化石燃料資源へのアクセスを確保する必要があった。ところが、ECT発効から20年が経過した現在、国際社会は化石燃料から脱炭素化へのシフトを加速させ、エネルギーを取り巻く環境が一変。それにともない、ECT運用にかかわる課題が炙り出されている。

 ECTによって保護される投資は、エネルギー供給に限定され、燃料は原子力、石油・石油製品、天然ガス、薪やチャコールなどの木質燃料だけが対象となる。他方、エネルギー需要側の省エネや、複数の施設への分散熱への投資などは保護されていない。

 また、脚光を浴びる再生可能エネルギー(発電を除く)や環境保護に関連するECTの条項(PEERA)には法的拘束力はない。太陽光や風力など再エネへの投資が増加する一方、ECTは近年、世界規模で展開されるエネルギー・システムに対応し切れず、機能不全に陥りつつある。

 多国間の経済協定や二国間協定、パートナーシップが締結されるなか、ECTの必要性がなくなるとともに、これらの新しい協定とECTとの間で齟齬(そご)も生じている。ECT締約国と署名国(署名したが批准していない国々)の約9割が世界貿易機関(WTO)に加盟している。

 たとえば、エネルギー資源大国のロシアはECTを暫定的に適用したものの、2009年に適用を廃止するかたちで脱退、11年にWTO加盟国となった。東欧諸国も欧州連合(EU)加盟国ないしはEUとのエネルギー共同体協定に署名しているため、欧州のECT締約国はほぼすべてEUの法体制下に入る。

 ECTを根拠とした紛争解決に関連し、EUの法体系との間で矛盾も露呈している。EU法はEU国間での紛争解決にEU司法裁判所を指定。これに対し、ECTは企業や金融機関など外国の投資家が民間弁護士で構成される仲裁裁判所を通じて当該国の条約違反を主張する仕組み(ISDS)のため、EU国間でのISDSがEU法に反するかどうかが常に問われている。

 さらに、気候変動対策や国連で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)にかかわる対応で、ECTが時代の流れに追い付いていないとの指摘もある。発効から20年間でECTによって保護されてきた化石燃料への投資から排出された二酸化炭素(CO2)の累積量は57ギガトン(Gt)と推定。このうち、6割はECT締約国間で実施された直接投資からのCO2排出量が占めるという。

 こうした状況下、地球温暖化防止の対策で先陣を切った欧州諸国では現在、大手金融機関や投資ファンドを中心に石炭など化石燃料を扱う企業への投融資を廃止する動きが目立つ。化石燃料産業は2050年までにストランデッド・アセット(座礁資産)になるリスクが確実視されている。

 ECTが化石燃料への投資保護を続ければ、気候変動対策の国際的枠組みのパリ協定で定められた目標達成の妨げになることは、もはや明白だ。ECT事務局はECT条項の近代化の修正に取り組む姿勢を示しているものの、加盟国間でコンセンサスを得るのが難しく、改革は遅々として進んでいない。

 ■ECTへの国別拠出金比率が最大の日本

 ところで、ECTは欧州中心の国際機関と思われがちだが、予算面を中心に日本の貢献度が高いことは案外知られていない。旧ソ連や東欧諸国におけるエネルギー投資を念頭に日本は1995年、ECTに署名、2002年に批准した。中央アジア諸国を除けば、アジアでの加盟国は日本とモンゴルだけである。

 ECT事務局の運営にかかわる日本の拠出金は年間1億円(2019年)だ。事務局の規模が小さく、他の国際機関と比べ少額だが、日本は全予算の約20%を負担するなど、国別の拠出金比率で最大のシェアを占める。EU全体の負担金合計は約66%で、EU非加盟国のスイスなどを含めると、日本と欧州だけで9割以上を負担している。

 ECTの組織改革について、締約国が近代化の合意に達しない場合、温暖化防止対策を重視するEUやスイスなどは早晩、ECTから脱退するとみられている。脱退が現実となれば、日本の拠出金が全予算の22%を負担することになる。他の締約国が現在の拠出金を増額せず、残り78%分を負担したとしても、全予算は現在の8分の1の規模に落ち込み、事務局の運営は厳しくなる。

 当初、日本がECTに期待したことは、締約国の拡大にあった。ところが、2015年に国際エネルギー憲章採択に署名してオブザーバーとなった米国や中国などの国々は、現時点でECTに加盟していない。EUのスタンスとして締約国の拡大は条約が近代化されてからという意見であり、拡大の方向性の見直しも求められている。

 また、2016年末に採択した「エネルギー憲章に関する東京宣言」で、エネルギー分野のビジネス環境改善、継続的なエネルギー投資促進と、質の高いインフラ投資推進の重要性にかかわる活動が採択されたが、取り組みのスピードは鈍く、ECT事務局の役割とガバナンス(統治)の見直しも喫緊の課題となっている。

■岐路に立つECT-日本は加盟の意義を再考すべきとき

 ニューヨークの国連本部で2019年9月に開催された「気候変動サミット」。これに関連し、国連サイドが安倍晋三首相の演説参加を断っていたとのニュースが2019年11月末に報じられた。石炭火力発電の推進を掲げる日本の方針が疑問視されたことが背景にあったとされるが、菅義偉官房長官は記者会見で報道内容を否定した。

 また、スペインのマドリードで2019年12月に開催された気候変動枠組み条約第25回締約国会議(COP25)の期間中、世界の環境団体でつくる「気候行動ネットワーク」が、地球温暖化防止に後ろ向きの国へ贈る「化石賞」に日本を選出した。

 環境団体によるパフォーマンス的な催しと受け流すのではなく、国際社会が冷ややかな眼差しを日本に向ける一つのシグナルであることを真摯に受け止めるべきだろう。

 実現が困難とされるECT近代化、ECTに基づくISDS訴訟の増加、組織改革の成果次第で欧州諸国がECTを脱退する可能性が現実味を増すなか、石炭火力の推進など日本の化石燃料投資に対する国際的な批判と、座礁資産になるリスクを考慮すると、現状のままでECTにとどまることが、日本の国益に合致するのか、とどまる必要があるのかははなはだ疑問だ。

 日本にとり、ECTはあくまでも投資協定の一つに過ぎず、近代化を急務としていないが、締約国間で近代化に向けた交渉がすでに始まっている以上、日本の他の投資交渉にも影響を及ぼすかもしれない。日本は正念場を迎えたECTに加盟する意義を再考すべきときではないだろうか。

◆エネルギー憲章条約(ECT)とは
ECTは事務局をベルギーのブリュッセルに置く。旧社会主義国にグローバル貿易システムを導入することで、自由化された汎ヨーロッパ・エネルギー市場を確立することを目的として、ECTは1998年に発効された。現在、締約国は日本を含めた52カ国と欧州連合(EU)、ユーラトム(欧州原子力共同体)である。なお、ECT署名国のうち、豪州、ベラルーシ、ノルウェーの3カ国は条約に批准していない。署名国のロシアとイタリアはすでにECTを脱退している。ECTによって保護される投資は「エネルギー供給にかかわるもの」で、エネルギー探査・抽出・精製・生産・貯蔵・陸上輸送・送電・流通・貿易・エネルギー材料と製品(原子力、石炭、天然ガス、石油・石油製品、電気、木質燃料などのエネルギー源)のマーケティングと販売を含む。エネルギー材料と製品の自由貿易と通過の自由に関して法的拘束力のある規定も含まれている。
 本稿の共同執筆者である中田真佐美は、2017年1月から19年7月まで、事務局でナンバー2の地位にあたる次長としてECTの運営に参画した。

中田真佐美、在原次郎

最終更新:1/24(金) 14:30
ニュースソクラ

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