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喜ぶのはまだ早いと一応注意はしておいた。優勝争い正代の故郷熊本は大騒ぎらしい…[北の富士コラム]

1/24(金) 21:16配信

中日スポーツ

◇24日 大相撲初場所13日目(両国国技館)

 いよいよ優勝争いも佳境に入ってきた。1敗の徳勝龍と豊山の一番。兄弟子の正代の援護射撃に回った豊山は懸命に突き押しで攻めたが、徳勝龍はどっしりと重い腰で残し、余裕を持って突き落とし1敗を守った。

【写真】ペー・パー子夫妻観戦Tシャツはイチロー

 豊山は気合が入り過ぎ、昨日と同じように肝心の足が出ず兄弟子の援護を果たせなかった。しかし豊山の気持ちは十分に正代に伝わったようだ。輝の突っ張りを完全に封じ、もろ差しにすると、一気に寄り切って堂々と1敗を守った。ここ2、3日はバタバタする場面も見られたが、今日は申し分のない相撲であった。気迫も今までの正代とはまるで別人である。初優勝がさらに近づいてきた。

 名門時津風部屋の優勝は大関北葉山関以来、あれは確か昭和38年の名古屋場所だったと記憶している。佐田乃山関(元横綱佐田の山)との決定戦、北葉山関は待ったの連続。じらしてじらして4度ぐらいは待ったをしたと思う。さすがに温厚な佐田乃山関も顔色が変わる。今なら場内が大ブーイング状態になるのは必至である。その頃は待ったも作戦の内で、当たり前のように待ったが横行していたようだ。佐田乃山関の気が抜けたところを低く立ち、頭を付けて食い下がり、まんまと優勝したのである。

 私は出羽海部屋と袂(たもと)を分けていたのだが、何とか佐田乃山関に勝ってもらいたく、手に汗を握って見ていたのを昨日のように記憶している。北葉山関のしてやったり顔も忘れられない。今思えば、北葉山関も名門時津風部屋の期待を一身に受けての苦肉の作戦だったのだろう。今となっては分かる気がする。

 すっかり興奮して余計な昔話をしてしまった。申し訳ない。その時以来、時津風部屋の優勝は無い。正代に絶大な期待が寄せられるのは当然である。爾来(じらい)50余年、もはや悲願と言って良い。正代は肥後もっこすという言葉があるように、一見のんきに見えるが芯はしっかりしているのではないだろうか。

 少し前、熊本の友人から電話が入った。前祝いでベロベロである。熊本は大騒ぎらしい。喜ぶのはまだ早いと一応注意はしておいた。私も少し冷静さを欠いている。

 13日目も良い相撲が多かった。それが一番うれしい。それから炎鵬。どこまで俺を喜ばせるの。立派に勝ち越した。見事。あと2日、けがをしない程度に頑張れ。それでは失礼。(元横綱)

最終更新:1/24(金) 22:35
中日スポーツ

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