ここから本文です

【2020へと続く道#3】町田瑠唯(富士通レッドウェーブ)「ミニバス時代に学んだ“考えるバスケット”が土台に」

1/24(金) 12:29配信

バスケットボールキング

 東京オリンピックイヤーとなった2020年。日本女子のトップリーグであるWリーグも佳境へと入るが、そこで戦う選手たちは様々な思いを抱いてシーズンを戦っている。

 バスケットボールキングでは女子日本代表でも主力を担う富士通レッドウェーブの町田瑠唯にクローズアップ。シーズンの戦いに着目しながら彼女のルーツにも迫る。

 第3弾は地元であるWリーグの旭川大会での様子をお伝えするとともに、大会運営に携わっていたミニバスの恩師である畠山順コーチと遠山弘子コーチにミニバス時代の話を聞いた。

取材・文・写真=田島早苗

男の子と一緒に野球をする活発な女の子

 旭川で生まれ育った町田は小学校2年生から西御料地ミニバスに入団。指導する畠山順コーチは町田の通う西御料地小学校の先生で、クラスの担任でもあった。ちょうど畠山コーチが赴任して一年目に町田が入団してきたという。

 当時のことを「男の子と野球などをして遊んでいる子でした。ボールを投げることが得意だったし、走るのも速かった。汐織(高田/元富士通レッドウェーブ)のお兄さんがすでにチームにいて、汐織も入ることになった時、『他の子を誘えないか』となって、汐織たちと瑠唯を誘いました」と畠山コーチは振り返る。

 この年から畠山コーチがヘッドコーチとなり、チームの創設者の遠山弘子さんがコーチ、さらにバスケット経験者の町田の父・茂典さんもチームを指導。この頃はコーチ全員が男女を一緒に指導していたため、女子は男子とよく練習試合をし、「男子も旭川では強い方でしたが、勝ったり負けたりしながらお互いに力を高めていきました」と畠山コーチは言う。

 男子との切磋琢磨に加え、町田たちの代は一つ上の学年に選手が一人だけだったこともあり、小学校5年生の時には主力として6年生たちと対戦していた。その年に旭川でベスト4になると、6年生では全国大会の予選を兼ねた全道大会の決勝まで駆け上がる。試合は延長の末に敗れて全国出場は逃したが、中学での全国行きを目指すキッカケとなった。

1/4ページ

最終更新:1/24(金) 12:29
バスケットボールキング

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事

Yahoo! JAPAN 特設ページ