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高木守道氏を悼む 今も耳に残る「パチン!」の音【権藤博の「奔放主義」】

1/25(土) 9:26配信

日刊ゲンダイDIGITAL

【権藤博の「奔放主義」】

 選手としては、「超」のつく天才だった。

 17日に78歳で亡くなった高木守道氏とは、現役時代に中日で同じ釜の飯を食った間柄。私の3歳下で「権藤さん」「守道」と呼び合った。

 地元名古屋のテレビ局関係者から訃報を知らされたときには、しばらく言葉を失った。昨年10月に亡くなった金田正一さんと守道は、私にとって「死」をイメージできない人間だった。それだけ傑出した選手だったし、大きな故障や病気とも無縁だった。私よりずっとずっと長く生きるのだろう。自由で、気ままで、思うがままにという性格も、そう思わせた。

 振り返ると、まず思い出すのが「パチン!」という小気味のいい音だ。投手として肩を壊した私は、入団5年目に内野手に転向、三塁や遊撃を守って、守道と二遊間を組むようになった。投手としても、ファインプレーをファインプレーに見せない堅実な守備に何度も助けられたが、同じ内野手になって目の当たりにした守道のプレーは、レベルが違った。

 特に驚いたのが、どんな打球もグラブの芯で捕るハンドリング。イレギュラーの打球でも、それた送球でも、すべて芯で捕るから彼のグラブからは必ず「パチン!」という音がした。そして、捕ったときにはもう、球が右手にあって、スローイングの体勢に移っている。遊撃のポジションから見ていて、惚れ惚れするほどだった。

 代名詞だったバックトスはもちろん、すべてはセンスと練習のたまもの。キャンプでは1時間、2時間、淡々とノックを受けていた。「天才」の上に「努力する」の枕詞がつくから、これはもう誰もかなうわけがなかった。

■ゴルフでダボでも打とうものなら…

 半面、性格は短気。こちらにも「超」がつく。例えばゴルフ。シングルの腕前だったが、調子の悪い日もある。ダボでも打とうものなら、さっさとひとりでグリーンを上がり、次のホールでそのままパターを持ってティーグラウンドに立つと、怒りに任せてティーショット。「もうええ!」とばかりに、パターだけでホールアウトすることもあった。同伴者はア然ボー然だが、火がついてしまうと周りが見えなくなってしまうのだ。

 2012年に投手コーチとして高木監督と久々にコンビを組んだ際も、彼のこの「瞬間湯沸かし器」には参った。生粋の勝負師だけに、すべての試合に勝ちにいく。感情的に投手をパッパと代えようとするから、「待ってください」「ここは我慢しましょう」と私は押しとどめる。それがエスカレートして、メディアには「70歳バトル」と面白がられた。

 それも、本当の思い出になってしまった。ご冥福を祈るしかない。

(権藤博/野球評論家)

最終更新:1/25(土) 9:26
日刊ゲンダイDIGITAL

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