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ヘリの事故で亡くなったNBAの伝説的名選手、コービー・ブライアント氏の偉業を写真で振り返る

1/27(月) 12:10配信

BUSINESS INSIDER JAPAN

NBAロサンゼルス・レイカーズの伝説的選手だったコービー・ブライアント氏が、1月26日にヘリコプターの事故で亡くなった。41歳だった。

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ブライアント氏は史上最高のバスケットボール選手の1人であり、レイカーズを5度の優勝に導いた。

彼の輝かしいキャリアを写真で振り返る。

NBAロサンゼルス・レイカーズの伝説、コービー・ブライアント(Kobe Bryant)氏が1月26日、カリフォルニア州カラバサスでヘリコプターの事故で死亡した。

ブライアント氏の悲劇的な事故は、彼がレブロン・ジェームズ(LeBron James)にNBA通算得点で抜かれた翌日に起こった。

「バスケットを進化させ続ける@KingJames、あなたをリスペクトしている #33644」とブライアント氏はツイッターに投稿し、ジェームズの業績を称えていた。

ブライアント氏は、20年の歴史的な現役生活の中でレイカーズを5度のNBAチャンピオンに導くなど、バスケットボール界で最も偉大な選手の一人だ。彼はオールスター・ゲームに18回出場し、2008年にはMVPを獲得した。彼の偉業を写真で振り返る。

1996年にNBAに入団した18歳のブライアント氏は、史上最年少でNBAの試合に先発出場した。彼はまた、同シーズンのスラムダンク・コンテストで最年少優勝者となった

同僚のシャキール・オニールとともに、2000年にNBA初優勝を果たした

翌2001年のNBAファイナルでは、アレン・アイバーソン率いるフィラデルフィア76ersと戦って勝利を収め、2連覇を果たした

レイカーズは2002年にもNBAファイナルで勝利し、3連覇を達成した

2000年から2002年まで、レイカーズは誰にも止められなかった。ブライアント氏はその中で大きな役割を果たした

コービーは相変わらず輝いていたが、レイカーズはその後しばらくの間チャンピオンになることができなかった

しかし、この間、ブライアント氏はさらに多くの偉業を成し遂げている。2005年、彼はダラス・マーベリックス戦の第3クォーターまでに62点を記録した。その時点でマーベリックスは61点だったので1人で相手チーム全体を上回っていたことになる

2006年のトロント・ラプターズとの試合で、ブライアント氏は81点を挙げ、1962年にウィルト・チェンバレンが記録した100得点に次ぐ史上2位になった

ブライアント氏は2007-2008年シーズンのMVPを受賞。2008年のNBAウエスタンカンファレンス準決勝第2戦を前にトロフィーを授与された

2008年の北京五輪の男子バスケットボール決勝では、アメリカ代表チームがスペインを破った。チームメートのドワイト・ハワードとともに金メダルをかじる

2009年、レイカーズがオーランド・マジックを破って優勝。ブライアント氏はファイナルMVPと優勝トロフィーを手に、祝福を受けた

2010年、NBAファイナルのボストン・セルティックス戦でルーズボールに飛び込むブライアント氏。レイカーズは優勝し、コービーは再びファイナルMVPのトロフィーを獲得した

2010年のNBAチャンピオンを祝うパレードで、ブライアント氏が娘のジアンナさんを抱いている。妻のバネッサさん、娘のナタリアさんとともに

「私は汗まみれで傷つきながらプレーした。あなたが私を呼んだから」とブライアントは引退の手紙でバスケットボールに語りかけた

Source:

The Players' Tribune

2012年、ロンドン五輪での試合終了時、大統領夫人のミシェル・オバマがブライアントを抱きしめる。代表チームは決勝でスペインを破り、再び金メダルを獲得した

2015年11月30日、ブライアント氏は今季限りで引退すると発表した

「あなたは6歳の男の子にレイカードリームを与えてくれた。だから私はいつもあなたを愛しています。しかし、ずっと長く愛し続けることはできない」とブライアントは引退の手紙で述べている。「私には今シーズンしか残っていない」

Source:

The Players' Tribune

2016年4月13日、コービーは最後の試合で、ユタ・ジャズを相手に60点を上げて勝利した。彼はコートを去る時、いつまでも終わらないスタンディングオベーションを受けた

「他に何が言えるかな」とブライアントは別れの挨拶の中で言った。「マンバ・アウト(マンバは去るよ)」

毒蛇の一種の名前、ブラックマンバはコービーの愛称だった。

引退後のキャリアにおいて、ブライアントは他の関心事を追求し、2018年に短編映画「親愛なるバスケットボール(Dear Basketball)」でアカデミー賞を受賞した

彼はまた、娘ともに過ごすことに時間を費やした

しかし、ブライアント氏はいつもバスケットボール界にいる。2020年1月25日、レブロン・ジェームズがNBA通算得点で自分を抜いて3位になったことを祝福した

「バスケを前進させ続ける@KingJames、あなたをリスペクトしている。#33644」とブライアント氏はツイートした

ブライアント氏の通算得点は33643点。

その翌日の1月26日、ブライアント氏と娘のジアンナさんは、ヘリコプターの墜落事故で亡くなった

[原文:24 photos that celebrate Kobe Bryant's legacy]

(翻訳、編集:Toshihiko Inoue)

Sarah Jacobs

最終更新:1/27(月) 12:10
BUSINESS INSIDER JAPAN

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