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コービーは家族愛ゆえ娘のバスケの試合にヘリを飛ばし、自らも同行し悲劇につながったのかもしれない

1/27(月) 19:38配信

中日スポーツ

 生前のコービー・ブライアントさんを何度か取材したことがある。記者席まで緊張が伝わるような強気の1対1、流れるようなシュートフォーム、すべてが記憶に残っている。ただ、悲報に接してまず思い出したのは、父親のジョーさんのことだった。

【写真】墜落死したコービー・ブライアントの現役時代

 ジョー・ブライアントさんは、日本初のプロバスケットボールリーグbjリーグ(2016年にNBLと統合しBリーグに)で合計6シーズン、3チームで監督を務めた。雑談する機会も多かった。「神戸牛に感動して息子にその名をつけた」というエピソードの張本人だが、牛肉より「Kobe」を言葉として気に入ったというのが実際だったようだ。

 何かの折に、家族の話になったこともあった。

 「私も妻も、一度も離婚したことがない。ずっとひとつの家族として、子どもたちを育ててきた。もちろん、家族によって考え方や最善の方法はいろいろだ。ただ、ブライアント家はそうなんだ。コービーも離婚していないだろう?」

 米国では2組に1組が離婚するとも言われている。高給取りで生活が不安定なプロスポーツ選手ではなおさらだ。実はコービーさんは記者が話を聞いた後に離婚したが、約1年後に復縁。トラブルを経験し、ゴシップ誌を騒がせたこともあるが、それを乗り越えて家族であり続けるのがブライアント家だった。

 絆が強いからこそ、13歳の娘のバスケットボールの試合にヘリコプターを飛ばし、自らも同行して悲劇につながってしまったのかもしれない。家族愛の強かったジョーさんを思うと胸が痛む。残された家族が、この最大の苦難も乗り越えてくれることを祈っている。

最終更新:1/28(火) 0:51
中日スポーツ

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