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F1ドライバーになりたい……15年前の夏、ひとりの“おじさん”が夢を叶えた仰天ストーリー

1/28(火) 12:00配信

motorsport.com 日本版

 今からさかのぼること15年前、42歳という年齢で初めてF1の公式セッションを走ったひとりのドライバーがいた。彼の名前はシャノック・ニッサニー。フリー走行とはいえ、トップから13秒遅れのタイムに終わったそのセッションは、本来レーシングドライバーなら誰しも忘れたくなるようなものだが、ニッサニーはその経験を誇りに思っている。

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 このニッサニーのF1ドライブを、ただの茶番や悪名高き出来事として片付ける前に、まずは彼がそこにたどり着くまでの驚くべきストーリーを知る必要がある。それには、2001年のF1ハンガリーGPまで時を戻さなければいけない。

 イスラエル出身のニッサニーは、ハンガリーのブダペストを拠点に不動産業で成功を収めたビジネスマン。彼は2001年のハンガリーGPに観客として訪れ、グランドスタンドでF1を観戦していた。

 当時のことについて、ニッサニーは次のように語った。

「私はレースを見て、友人にこう言った。『F1ドライバーになりたい』と。レーシングカーはおろかカートにも乗ったことがなかったのにだ」

「すると友人は(冗談半分で)こう返した。『大丈夫。家に帰って薬を飲めばすぐに熱は下がるよ』と。でも私は本当に(レーシングキャリアを)始めたんだ。それも38歳でだ」

 彼はイスラエルの化粧品会社『UPEX』を個人スポンサーにつけ、2002年のフォーミュラ2000ハンガリー選手権に参戦。ランキング2位となり、翌年にはチャンピオンに輝いた。そして2004年には、国際F3000にも3レース出走した(最高位12位)。

ジョーダンでF1マシンをドライブ。夢へ大きく近付く

 そんな彼は2004年の7月、イギリスのシルバーストンで行なわれたテストでジョーダンのF1マシンを走らせる機会を得た。そこでのタイムは、当時レギュラードライバーだったニック・ハイドフェルドから9秒遅れというものだった。

「私は四六時中働いていた。そして食べて、寝て、レースの夢を見ていた」とニッサニーは振り返った。

 翌2005年、ニッサニーはF1の公式セッションで走るという野望に大きく近付くこととなる。ミナルディがチームのテストドライバーにニッサニーを抜擢。しかもその計画の中に、ニッサニーを金曜フリー走行1回目で複数回走らせるというものがあったのだ。

 F1出走に必要なスーパーライセンスの発給条件は現在とかなり異なっており、フリー走行限定のものに限れば、当時はプライベートテストでF1マシンを走らせ、十分な走行距離を稼ぐだけでライセンスが発給されたのだ。

 当時はテストに関する制約も厳しくなく、ニッサニーはその要件を問題なくクリア。晴れてハンガリーGPのフリー走行1回目に出走することが決まった。その日はニッサニーの42歳の誕生日でもあった。

 このニュースは彼の母国であるイスラエルで大体的に取り上げられ、地元のジャーナリストやテレビクルーが数多くハンガロリンクに足を運んだ。中でも熱心な記者は、偉大なワールドチャンピオンであるミハエル・シューマッハーに、ニッサニーについてのコメントを求めた。しかし、シューマッハーは少し困った様子でこう答えたという。

「申し訳ないけど、よく知らないんだ」

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最終更新:1/28(火) 12:46
motorsport.com 日本版

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