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都電ファン歓喜? 御茶ノ水駅前の工事で突如現れた「歴史的遺構」の正体

1/28(火) 6:10配信

アーバン ライフ メトロ

荒川線だけが残ったワケ

 東京をかつて網の目のように走っていた都電は、早稲田~三ノ輪橋間の荒川線を残すのみとなっています。他路線が次々と廃止されたのにも関わらず、都電荒川線だけが残ったのにはいくつか理由があります。

【歴史的遺構】思わずびっくり! 御茶ノ水駅前のアスファルトの下から露出した線路を見る

その理由のひとつに、自動車と電車が混在して走らない、いわゆる「専用軌道区間」が多かったからというものがあります。

 廃止された都電の多くは、道路の上を走っていました。路面電車が自動車と一緒に道路の上を走る区間は、「併用軌道区間」と呼ばれます。

 併用軌道区間を走ることが多かった都電は、自動車が増えてきた昭和30~40年代にかけて邪魔者とみなされるようになり、次々と廃止に追い込まれました。都電荒川線は専用軌道区間が大半を占めていたこともあり、生き残ったのです。

 廃止が相次いだことで、あちこちに都電が走る光景は過去のものになりました。そして歳月は流れ、都電全盛期が遠くなっていた今は都電を懐かしむ人も少なくなっています。

アスファルトの下から線路が露出

 しかし、ふとしたことがきっかけで、都電がフィーチャーされる事態が起きています。
 このほどJR御茶ノ水駅に隣接するお茶の水橋と聖(ひじり)橋で長寿命化と拡幅を兼ねたリニューアル工事が実施されました。

 一連の工事ではいったん、お茶の水橋の道路のアスファルト舗装を剥がしました。その際に、アスファルトの下から線路が露出。その世紀の発見が話題になっているのです。

 道路の上の架線から電力の供給を受けて路面を走るトロリーバスに転換され、1952(昭和27)年に姿を消した26系統を含め、都電には41系統がありました。都電が都民の足としてフル活用されていた昭和30年代、御茶ノ水駅前には新宿駅前と水天宮前を結ぶ13系統が走っていました。

 新宿駅前を出発した13系統は若松町から飯田橋に至り、そこから神田川に沿うように外堀通りを走り、お茶の水橋を渡らずに秋葉原駅から日本橋方面へと向かうルートを取っていました。お茶の水橋の上を走っていた都電は戦後には存在しません。

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最終更新:1/28(火) 14:10
アーバン ライフ メトロ

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