ダンス&ボーカルグループDA PUMPは、ISSAさん、DAICHIさん、KENZOさん、KIMIさん、TOMOさん、U-YEAHさん、YORIさんの7人。「U.S.A.」のヒット後、大きな手術を経験したYORIさんは、ヒットに恵まれなかった時期を「いろんな葛藤があった10年」と振り返ります。「別な道もあるのかな」とまで思い詰めたとき、考えたことは何だったのか? DA PUMPの「夢の叶(かな)え方」を聞きました。(朝日新聞文化くらし報道部記者・坂本真子)
【画像】こんな時代も……ヒットを夢見てショッピングセンターで全力で踊る「DA PUMP」のメンバー
YORIさんは広島県出身。三次市観光大使を務めています。ダンスを始めるずっと前に、「直感」があったそうです。
「何かきっかけがあったわけじゃないんですけど、自分がダンスをやるだろうというのは、中学の頃に感じたんですよ。ただ、高校を出るまでは踊る環境がなかったので、どうにかできないかと、ずっと悩んでいました」
大阪の大学へ進学したYORIさんは、最初に友達になった同級生に「ダンサーはいないですか」と尋ねたそうです。すると、「駅前で踊ってるよ」と教えられ、連れて行かれたのが千里中央駅。周辺には、大勢のダンサーがいて、初めは横で見ていました。やがて意を決して話しかけると、「いつも踊っているからおいで」と言われ、大学の授業が終わった後、深夜に毎日通ってダンスを教わるようになりました。
「中学のときからやりたかったことが、18歳になって、大阪に行って、やっとできた。僕のダンスの始まりです」
大学を卒業してダンスを続けるかどうか、決断を迫られました。
「親には『広島に戻ったらどうか』と言われていたんですけど、腑(ふ)に落ちないというか、ダンスを続けていかなきゃいけない、続けていくんだ、という思いがあったんですね。大学を卒業して1年ぐらいして、何の当てもないんですけど、バッグ一つ持って東京に出てきたんです」
2003年春、23歳のときでした。
友人に誘われてダンスチームに入り、コンテストで勝つようになると、ダンスの仕事も増えました。当時DA PUMPが出ていたダンス番組「少年チャンプル」(中京テレビ制作、日本テレビ系)にも出演するようになります。
そしてDA PUMPにスカウトされ、2008年12月に加入しました。
「ダンスだけで食べていくことを考えたとき、いちアーティストとして活動できることは、東京に来る目標の一つでした。いろんな人に相談して、すごく迷ったけど、やっぱり自分にはこの道が一番じゃないかと思って、決めました」
最終更新:2/5(水) 7:00
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