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検事総長に求められるものは? 「厳正公平」「国民の支持」「恥を知る心」「巨悪摘発」

2/7(金) 7:02配信

47NEWS

■「検察庁法で独立した地位、圧力から遠ざけられた立場」

 岡村氏の後任として93年12月に検事総長となったのは、東京地検特捜部に計約14年在籍し「特捜の顔」と呼ばれた吉永祐介氏(2013年死去)。ロッキード事件の主任検事であり、特捜部長時代はダグラス・グラマン事件などの捜査を指揮した。「現場の人たちと手を携え、真に国民の信頼を得られるように努力し、この重責に応えたい」と就任会見で抱負を語った。検事総長になっても、赤ペンを持って供述調書などを読み、特捜部に指示を出していた。国民の信頼を得るため、陣頭指揮に立つときもある。

 吉永氏の総長時代は、ゼネコン汚職で新たに中村喜四郎元建設相をあっせん収賄の罪で、二つの信用組合の乱脈融資事件で、山口敏夫元労相を背任などの罪でそれぞれ逮捕、起訴したほか、オウム真理教事件の捜査が続いた。吉永氏は1996年1月の退任会見で「重大事件の指揮を執らせていただいたが、十分に国民が納得していただける成果を上げたと思う。検察がさらった『どぶ』にきれいな水を流すか、再び汚い水を流すかは国民の仕事であり、検察にそこまでの権限はない」と語った。確かに、吉永氏は国民に納得してもらうまで、どぶさらいを続けてきた。

 四大証券と第一勧業銀行による総会屋グループ代表への利益供与事件、大蔵省と日銀の接待汚職、山一証券の粉飾決算事件、薬害エイズ事件などが続いた96~98年の検事総長は土肥孝治氏。97年11月に東京地検特捜部が創設50年を迎えた際の共同通信のインタビューで「独自に奥深い捜査、隠れた事件の捜査をするところに特捜部を置く意義がある。不正の規模が大きく、複雑化すると、時間をかけて解明する必要があるが、検事は公判もにらみながら法律家として証拠を見ることができる。また検察庁法でできるだけ行政、立法から独立した地位を与えられ、圧力から遠ざけられた立場にあることも大きい」との見方を示した。検察には、独立した地位と圧力から遠ざけられた立場が不可欠なのだろう。

■「国民から離れた司法危ない」「捜査をゆがめるのは自殺行為」

 99年7月から2001年6月まで、内閣に司法制度改革審議会が置かれ、審議会は法曹(裁判官、検察官、弁護士)の大幅増員と法科大学院の創設、裁判員制度の導入、日本司法支援センター(法テラス)の設置などを提言。その後、法整備が続き、制度改革は順次実現していく。 

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最終更新:2/9(日) 12:49
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