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形見が語る阪神大震災 25年を過ぎても、生き続ける記憶

2/8(土) 10:32配信

47NEWS

 人を助ける「ドラえもん」のようなロボットを作るのが夢で、神戸大大学院で工学を研究していた基弘さん。研究のかたわら、ユースサイクリング部に没頭し、全国を自転車で旅して回っていた。

 充実した日々を送っていたさなかの出来事だった。神戸市灘区の下宿は全壊し、1階の基弘さんは下敷きに。即死だったという。

 震災からしばらくは「あけましておめでとう」とは言えなかった。また1月17日が来ることを考えると、気持ちが沈んだ。しかしそんな恵美子さんと夫和巳さん=2012年死去=を少しずつ癒やしたのは、倒壊した下宿から見つかった遺品だった。

 部活仲間と作った濃緑のパーカ。帰省したときには「僕の好きな色が使われた」と大喜びで報告してくれた。自転車旅行の先で、仲間とおそろいのパーカを着て笑う写真も、多く残されていた。

 友人とカラオケボックスで録音した歌声が入ったCD。サザンオールスターズの「YAYA(あの時代(とき)を忘れない)」を、楽しそうに、優しく歌っていた。和巳さんと泣きながら聴いた。遺品はどれも、基弘さんの息づかいが感じられた。だから、恵美子さんは何とか生きていけた。

 「遠い神戸で、寂しく亡くなったと思っていたんです。だけど、基弘はたしかに青春のまっただ中にいた。やりたいことをやって、たくさんの仲間に囲まれて。遺品が教えてくれて、私たち夫婦は心が楽になりました」

 喪失感は決して消えないが、恵美子さんは心から基弘さんを誇りに思っている。「友達に恵まれ、一生懸命に人生を駆け抜けちゃいましたね」。周囲から「ひまわりのような人」と慕われた基弘さん。誕生日には、今も友人からひまわりをあしらった花束が届く。

 昨年12月、恵美子さんは自宅で、当時がれきから見つけたパーカを久しぶりに広げた。少ししわのついた濃緑のパーカ。胸には自転車の刺しゅうがある。「本当に、うれしそうに見せてくれたな」。基弘さんの笑顔を浮かべ、優しく手を添えた。

 ▽語り継いで弔う

 松本幸子さん(65)が緊急避難用にしているバッグは、元々、妹のお気に入りだった。

 妹の久村(ひさむら)文枝さん=当時(37)=は、神戸市東灘区で1人暮らしのアパートで建物の下敷きになった。

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最終更新:2/8(土) 10:32
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