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高田文夫が明かす、ジャニー喜多川さんとの幼少期の秘話「元々、ジャニーズは…」

2/10(月) 11:30配信

ニッポン放送

放送作家でタレントの高田文夫が、女優の戸田恵子がパーソナリティを務めるラジオ番組「三菱電機プレゼンツ 戸田恵子 オトナクオリティ」(ニッポン放送)にゲスト出演。2019年7月に死去した、ジャニーズ事務所前社長のジャニーさんにまつわる秘話を、高田が語った。

戸田と高田は1978年4月からNHK総合テレビで放送された、児童向けの情報バラエティ番組「600 こちら情報部」で共演して以来の、古い間柄。そんな二人が2019年を振り返り、高田はジャニー喜多川さんと初めて出会った時のエピソードを語った。

戸田:2019年を振り返りたいと思いますが、一番気になった出来事は何ですか?

高田:僕はやっぱりね、ジャニー喜多川さんだね。

戸田:ああ…… 亡くなったのは夏ぐらいでしたかね。

高田:俺は渋谷区の富ヶ谷っていういい所で生まれてさ。『おぎゃー!』って言って。

戸田:うふふふふ(笑)

高田:今は代々木公園があるけど、その前はオリンピックの選手村があって、さらにその前は“ワシントンハイツ”って言って、アメリカの家族がみんな住んでいたわけ。

戸田:へえー!

高田:その中にいたのがジャニーさん。それでジャニーさんは野球が大好きでさ。

戸田:そうそう、そうですよね。

高田:ジャニーさんは小さい子供を集めて野球チームを作っていて、それが『ジャニーズ』っていうチームなんだよ。で、そこと対戦をしたのが俺らの『シャーク』っていうチームで。

戸田:へえ!

高田:それで2回、野球で戦って、俺たちは2敗していて。『じゃあ、次の予定を決めよう』って言って日にちを決めて、そしたら雨で試合が中止になったの。それでジャニーさんが、その中の4人を連れて映画に行って、その時に見たのが『ウエスト・サイド・ストーリー』! 分かる? ジョージ・チャキリスを見たわけよ。それでジャニーさんは『これだ!』と、『野球をやっている場合じゃない!』と。その時、俺は『社長漫遊記』に行っちゃったの。これで人生が決まったんだよね。俺は雨の日に、森繁と、のり平を見ていたんだよね。『これからはこれだ!』って言ってさ(笑)

戸田:でも、それも正解!(笑)

高田:小学校6年の時に森繁と、のり平を見て、これだな! と思って、ジャニーさんは歌って踊ってを見て、これだ! って。そうして中学に入って、テレビをつけた時にはジャニーズが踊っているわけよ。あの野球の対戦相手の四人が。だから元々、ジャニーズは野球チームだったんだよ。

戸田:すごい話ですねね……。

高田:だからジャニーさんが亡くなった時、東京ドームで送ったでしょ? 野球小僧だったから、東京ドームを押さえて野球で送ってあげたんだって。彼の夢だから。

戸田:なんか泣けちゃいますね。

高田:いい話だろ?

高田は小学6年生の時、ジャニーさんが作った野球チーム「ジャニーズ」と出会っており、そのすぐ後にアイドルグループ「ジャニーズ」の活躍を目にしたという。もしかしたら自分も“初代ジャニーズ”として活躍していた可能性もあったと述べると、戸田は笑いながら「ありえない!」と即答した。

最終更新:2/10(月) 11:30
ニッポン放送

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